紙つぶて 細く永く

「イヴァンよお前にやる花はない」プラハの花屋

加藤周一

戦後史の中の丸山真男2

丸山に典型的とされるいわゆる「近代合理主義」は、戦後五十年の初期には「左」から、後期には「右」から批判されてきた。(参照 http://nagaikazu.la.coocan.jp/works/shohyo21.html)一般的にいえば、批判者に共通な傾向は、一方では「近代合理主義」を「…

戦後史の中の丸山真男1

簡単にいえば(略)、徳川時代の儒学の発展に内在する可能性を荻生徂徠に、明治初期の思想が含む可能性を福沢諭吉に見て、その可能性=「近代的」主体の成立の可能性との対比において、儒者のイデオロギー集団(闇斎学派 下記注)の機能、または明治以降につ…

箴言5

[戦争をした体制の成り立ち]日本の軍国主義とイタリアのファッシズムとドイツのナチズムは初めから権力の奪取のしかたが違います。ドイツの場合、ヒットラーとナチは、1932年にミュンヘン・プッチュ(一揆)をやるわけですが、これは暴力団じゃないです…

<近代の克服> 「転向論にかえて」終章

京都学派においての論軸は「哲学的人間学」であった。人間存在の社会性の次元、民族や国家の次元をそれなりに勘案しようという姿勢から、一面ではマルクス主義の社会科学的な知見を"取込み"つつも、他面では拙速にマルクス主義の"不備"欠落を"批判"する所以…

<近代の克服> 「転向論にかえて」第8章

本題に復帰します。*少し京都学派の歴史・国家哲学の前提的了解を見る。 田辺元「歴史的現実」から。「善い国家は善い個人を通してのみある」「その実例は遠い所に求めなくても我々の生まれたこの日本を考えてみると」「天皇の御位置は単に民族の支配者、種…

<近代の克服> 「転向論にかえて」第7章

京都学派による「世界史の哲学」や「近代の超克」は西田哲学の内在的指向性を展開してみせた正当な一帰結であった。*西田幾多郎は昭和11年「善の研究」新版に寄せて以下の一文を草している。「此書「善の研究」に於て直接経験の世界とか純粋経験(注a)…

<近代の克服> 「転向論にかえて」第6章

昭和初期の常識では戦争というものは謂わば自然法則的な必然であって特定の一国が世界支配を達成するまでは、永久に繰返されるものと思い込まれていた。恒久平和を確立し、全世界の安寧と秩序を確保するためには日本が戦争に勝ち抜き、最終戦に勝ち残ること…

<近代の克服> 「転向論にかえて」第5章

前回は戦時下における「近代の超克」論を位置づけた。今回はその中で「近衛新体制」を担ぎ上げた諸潮流の中で三木清にスポットをあてる。京都学派の「近代の超克」論には三木清の哲学上の営為のインパクトひいては影響が認められる。*当時における「勤労者…

<近代の克服> 「転向論にかえて」第4章

「京都学派」の実態についての先学の批判論旨*戦時中でも資本主義に対して批判的言辞を吐くことは、それ自体としては決してタブーだったわけではないし「近代超克」論の資本主義批判のごときは、到底、資本主義に対する真の批判とは呼べない。戦時中にタブ…

<近代の克服> 「転向論にかえて」第3章

今回も高山氏の論をさらに進める。*(大東亜戦争は)欧米に対する後進国として出発した日本が欧米の列強に対抗する実力を養うためには「わが国の経済は支那に対して発展し、ここに特殊権益をもつより外なかった」しかも「この特殊権益の維持が日本の生存に…

<近代の克服> 「転向論にかえて」第2章

まず京都学派の論を取り上げる。京都学派の代表的論客高坂正顕氏は近代文明の疎外状況を鋭く指摘しその内在的自己否定を説いた。(ちなみに高名な国際政治学者で元京都大学法学部教授の故高坂正堯氏はその子息である。余談であるが民主党政調会長前原誠司は…

<近代の超克> 「転向論にかえて」第1章

廣松渉著「<近代の超克>論」 雑誌「文学界」1942年10月号に「文化総合会議シンポジウム-近代の超克」という座談会が、掲載された。これとは別に1942年から43年にかけて、高坂正顕・高山岩男・西谷啓治・鈴木成高の4名が、雑誌『中央公論』で…

司馬史観

日本の会社員が、東京や大阪の通勤電車のなかで、あるいはニューヨークやデュッセルドルフに在勤して仕事の余暇に、どういう本を読んでいるだろうか。それはおそらく現代日本の小説でもなく、またたとえば「岩波講座 日本歴史」というような歴史家の著作でも…

未発表ノート

立命館大(京都市)は16日、幅広い分野で言論活動に取り組み、2008年に89歳で亡くなった加藤周一さんが青春時代につづった未発表の日記や詩など200点を収めたノートを公開した。 「ついに始まった。我々の政府の宣戦布告があった。誰が始めたのか…

風たちぬ

そして、やがて、戦争が来た。日中戦争が拡大し、太平洋戦争がそれに続く。東京では誰も彼も「超憂国主義者」に変身し、巷には軍歌があふれていた。しかし、浅間山麓には、碓氷峠の彼方には、別天地が展けていた。そこでは春にこぶしの花が咲き、秋には澄ん…

September Dream

江戸徂徠学派の儒者亡霊があらわれ、現代の知識と語った。信州飯田で育った高名な儒者は、父の浪人生活でやむなく江戸へ移った。そしてやがて京都や大坂各地を放浪、徂徠とであった。*「今でも年末になると、忠臣蔵が話題になります。先生は赤穂浪士、いわ…

科学と文学

体についても、統計的手法はしばしば使われます。たとえば、ある病気の人間なり動物なりに薬をあたえる。そうすると、薬を服用した側の状況は変わるわけですが、そういうことを一回観察しても、どうしてそれが変わったのか簡単にわからない。その問題も非常…

原発被災を乗り越えて『愛国者』は進軍する

【ロンドン=橋本聡】英紙インディペンデントは8日、東京都の石原慎太郎知事が同紙とのインタビューで、中国の脅威に対抗するため、日本は核兵器をつくるべきだとの見解を述べたと報じた。 記事は石原氏が、日本は1年以内に核兵器を開発することができ、世…

我々の日常

本日4月5日の、主なテレビ各局夜8時台番組タイトルと副題から。*日本放送協会 「歌謡コンサート」TBS低劣=系列 「4時間まるごと・・28歳元ヤンキー美人妻第8子を妊娠」テレビあさましい=朝日 「ロンドンハーツ・・美女&ドッキリの祭典、美女26…

裏切ったのは誰か

本日20011年3月6日「海炭市叙景」映画を連れ合いと見た。連れ合いの感想は「日本の中でいろんな人がいろんな生活をしているんやね」というものだった。*昨日、Webで「海炭市叙景」を上映している映画館を探し、大阪近郊の「T」セレクトシネマで…

日本の顔、かなたの国の顔

この5年で5人総理が変わった。*スーパーの食品棚の前でかまわず咳をする満員バスの中で胡坐をかく中学生*そんな私たちが毎年のごとく恥も無く首長の挿げ替えを行った。*一方かなたの国では病気療養中のCEOが突然現れiPad2を発表した。*この会社…

再読加藤周一

(1968年の)パリの自由は、数週間、プラハの自由は数ヶ月のうちに終わった。一つの夢が過去る。しかし人間は夢なしに生きることができない。必ずや同じ夢は再び青年たちと彼らと共にある人々とを、日常の秩序のなかから、歴史の、あるいは叙事詩の舞台に描…

脳裏から離れない一言

今回で何度目であろうか読み返しのたびに強く脳裏に焼きつく言葉というものがある。その中のひとつ。 「1968年の夏、小雨にぬれたプラハの街頭に相対していたのは、圧倒的で無力な戦車と、無力で圧倒的な言葉であった。その場で勝負のつくはずはなかった。」…

今日のことば:「専門ばか」

人類を観察する学者、すなわち人類学者が人類の研究をして「知っている社会というのは、大体、新石器時代の水準の社会です」「その根本的な衝動は、食べることである」「もうひとつは、種族維持のため」「その種族が伸びてゆくためには、子供をつくらなけれ…