紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は旧Blog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

タテカンと権力者

 権力者 京都市長門川大作氏の(2018年5月9日)記者会見から

(正式名 市長記者懇談会だって)

京都大学立て看板の撤去について)

記者

 京都大学の立て看板の撤去について,市長はどのようにお考えでしょうか。

市長

  京都の景観を守り続けていくことは,戦後の最大の課題の1つで,市民ぐるみで議論がされ,また,議会でも議論いただき,11年前に6つの景観条例を全会一致で制定いただきました。その1つが,屋外広告物に関する条例で,条例施行当時は適合している屋外広告物は3割(4万5,6千)でした。

  しかし,屋上の看板をすべて撤去し,チカチカと光る看板,派手な看板などを市民・事業者の御理解を得て,撤去是正等を進めていただき,条例適応率は96%を超えました。この間,3万120の建物から不適合の広告物を撤去していただきました。費用負担もあるが,条例で決まったことを実行していこうという京都市民又は事業者の皆さんの行動に感謝する次第です。このことが,京都の都市格の向上に大きくつながってきたと思います。

  その中で,京都大学に対しても条例の主旨を御理解いただき,協力を要請してきました。条例の趣旨を踏まえ,誠実に対応していただいていることに敬意を表したいです。京大の立て看板も文化であるという学生やOBのお気持ちをすべて否定するものではありません。撤去していただいた3万120の屋外広告物の中には,歴史的なものもあり,店の顔だという主張もありました。それらも条例の主旨に則って是正いただいたところです。大学が,学内でも議論されて,学内で看板の設置場所を設置するなどのしっかりとした対応をしていただいていることに対して敬意を表すとともに,引き続き見守っていきたいです。

  もう1つは,景観の問題と同時に,この数年看板が落下するなどの危険な問題が全国的に起こっています。突風が吹いた時に,市民の皆さんに御迷惑をお掛けしないようにしなければなりません。なお,京都市の景観政策については,全国的に高く評価していただいています。

市長は誤解をしている。言い直せばあえて虚偽の受け答えをしている。

「6つの景観条例を全会一致で制定いただきました。
その1つが,屋外広告物に関する条例で,条例施行当時は適合している屋外広告物は3割(4万5,6千)でした」

これで景観条例に基づき「美しい京都の景観」が保持できると述べているが、そうだろうか。その6つの景観条例に基づき、真の京都の景観を求める努力は足らないのではないか。

そして、取り組みやすいところから手を付けた。

「屋上の看板をすべて撤去し,チカチカと光る看板,派手な看板などを市民・事業者の御理解を得て,撤去是正等を進めていただき」

つまりこの上記内容は広告によって収益を上げようとする事業者へ「収益を上げるにはこの規則を守っていただかないとだめですよ」という提案である。

それは従うだろう。従わなければ京都市で収益を上げられなくなるからだ。

学生は収益ではなく基本的人権の擁護を求めて立ち上がったのだ。

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 記者

  そもそも商業目的の店舗看板と,そうではないものを同様に取り扱ってよいのですか。また,京都は「大学のまち」というブランド・魅力もあると思いますが,そうした面との兼ね合いについてどのようにお考えですか。

 市長 

  看板は,商業目的のものだけではありません。政治家の事務所の看板,文化団体の看板,そうしたものもたくさんあります。文化的な主張,政治的な主張をするものを特別に扱うという条例ではありません。景観という視点で取り組んでいこうという条例です。そういう意味において,大学だから例外規定にはなりません。大学であれば景観条例に基づかなくてもよいということでもありません。このことを踏まえていただいた京都大学の取組だと思います。

あくまでもタテカン規制を京都大学の問題としているが、発端は京都市:都市計画局広告景観づくり推進室 である。

また、表現の自由への制限主体であることから逃げようとしている。

でもあくまでも共犯からは逃れられない。

政治家や文化団体の看板その実数を公表していただきたい。

適合している広告物が「3割(4万5,6千)」なら

違反していた広告物は残り「7割(10万,4千)」その中で「政治家事務所の看板」「文化団体の看板」がそれぞれいくつあったのか?

針小棒大になっていないか。

 記者 

  京都大学の敷地の大きさを考えると,条例で規定する看板の大きさが,非常に小さすぎると思います。他の店舗と同じ基準が大学に当てはまってよいものでしょうか。そもそも大学などを対象とした条例ではなかったのではないかという意見もありますが。

 市長

  条例に掲げられたとおり,大学を例外にしている条例ではありません。

答えになっていない。「敷地の大きさを考えると,条例で規定する看板の大きさが,非常に小さすぎると思います」という問いには、その大きさについての判断示さないとだめだ。(これはまさしく「官僚の」朝ごはん問答)

 記者

  表現の自由を侵すのではないかという指摘もありますが。

 市長

  表現の自由は大事にしていかなければなりません。同時に,市民の共有財産として育てていく景観を大事にしていかなければならない。この景観条例制定までに,パブリックコメント等を経て,市会でも十分な議論を重ねてきていただいています。そうして全会一致で決まっているものです。なお,大学当局も様々な議論をされて方針を出されていることにも敬意を表したいです。そうした議論も踏まえたうえで取り組んでいただいているものだと思います。

  そこに住む人,そこで育つ人々,そこを訪ねる人々に景観がどういう影響を与えるか。かつて,日本人は外を大事にしてきました。この20年ほど中はきれいにするけれど,外はあまりきれいにしないという文化が醸成されてきました。もう一度みんなで共有財産として景観を考えていこう。文化としての景観,一人一人の感性を磨く景観を作っていこう。こういう議論が深められてできた条例であり,京都市の景観政策であると思います。しっかりと実行していくことが我々の仕事だと考えています。

表現の自由は大事にしていかなければなりません」

貴方にこのようにいわれなくとも、日本国憲法に書いてある。
「第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」

これ憲法21条はつまり権力者たる門川氏あなた自身が守らなければならない事項である。

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すなわち
表現の自由は非常に大切な基本的人権です。これを制限することは行政としてできない。ゆえにこの条例でいう屋外広告物は収益を得ようとする目的での屋外広告物に限定する」

とでもいうべきだ。

「この20年ほど中はきれいにするけれど,外はあまりきれいにしないという文化が醸成されてきました」

ん、20年いや50年のいい間違いじゃないの・・

見事に、「京都タワー」1964年や「京都ホテル」1994年、「JR京都駅」1997年を見事に避けましたね。

 記者

  立て看板自体が景観・文化に馴染んだものだという意見もありますが。

 市長

  いろんなご意見があってもよいと思います。あるお店で大きな鬼の面が屋上にかかっていました。これは文化だという主張もありました。しかし,撤去していただきました。あるいは,ラーメン屋さんが「なぜ赤い看板がダメなのか」という議論もありましたが,赤色を抑えた看板に全て変えていただきました。そのあたりを御理解いただきたい。

「ラーメン屋さんが「なぜ赤い看板がダメなのか」という議論もありました」

だから利益を求める場合と、基本的人権表現の自由」におけるタテカンは区別しないと・・ 

 記者

  手続の進め方として,学校側の説明が不十分という意見もありますが。

 市長

  学内のことに関しては,我々は関わるところではありません。京都大学において,誠実に丁寧にやっていただいているものと思っています。

最初の申し入れ時に「どんな景観がいいのか、話し合いが活性化するのは望ましい」ときちんと伝えていないから相手は図に乗ったのだ。
幼稚な大学の事務を相手にする場合は適切に、きちんと、朝ごはん問答にならないように問答しないと市民たる学生が迷惑する。

 記者

  京都の景観を汚していると思われますか?

 市長

  景観上の問題もありますが,突風などによる危険性もあると思います。安全面など考慮したうえで御判断をいただきたいです。

昨日の地震、でも倒れなかった。その危険性の尺度が不透明なままの議論だ。

 記者

  京都大学の周辺は,規制に反発してまだまだ立て看板が立ち続けているが,市長が若者たちに向けてのメッセージはありますか。

 市長

  特にございません。

教育者だろうに・・

門川大作 1950年生まれ

京都市立堀川高等学校定時制普通科卒業後、京都市教育委員会に就職。働きながら、立命館大学法学部第二部を卒業した。
京都市教育委員会総務部長、教育次長を経て、2001年に京都市教育長に就任し、2007年まで同職を務める。

記者 

  自主的に撤去してもらいたいですか。

 市長

  もちろんです。しっかりと条例の趣旨を守っていただきたいです。

また朝ごはん論法だ。

「自主的撤去」だよ。京都大学なのか京都大学教職員なのか京都大学学生なのか市民なのか、どこに対しての要望か?

市民が建てた、路上のタテカンはどうするのか?

大学を御用犬のようにつかって撤去したのか? 以下参照

タテカンと大学、京都の自由 - 紙つぶて 細く永く

REMEMBER3.11

タテカン 倒れず

2018年6月18日の朝 地震でもタテカン倒れず。

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京大立て看同好会(京看同) (@kutatekan) | Twitter より転載

 

REMEMBER3.11

タテカンで溶ける

京都大学溶ける頭脳

京都大学当局は相当混乱している。

充分検討もしないで、対症療法的に文章を発表しているのではないか。

下記6月13日の文章上部「(ポイント)」にある一文Aでは、

京都市屋外広告物等に関する条例に基づく基準(大きさ、色の使い方等)に適合するよう、大学として設置要領を定める」

と述べておきながら、一方下にある補足部分Bでは

「立看板の定義を定めることについては、行わないことが適切であると考えています」

と書いている。

(どっちやねん)

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しかし上記の結果は、京都市の屋外広告物規制の「屋外広告物」定義をとらないのであるから、京都大学として京都市から申し入れがあった、「京都市屋外広告物等に関する条例による屋外広告物」への適正な対応という次元からは外れ、大学独自に表現の自由とのたたかいに突入している新しいステージに入ったということになる。

そこまでの 頭脳がある 根性の座った 大学事務当局ではないし、そんなだいそれたことを考えずに、上記文章を発表したのだろう。また火に油を注いでしまった。

(済みません一部不適切な文言がありました。上記に訂正します)

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今朝のタテカンから

通告書 本通告書を、直ちに撤去するか、または、京都大学は、自由の校風に沿って、魅力ある大学を設置してください。
そのままになっている場合は、既存大学を撤去します。
平成30年5月1日

おまけ

明るい京都市に関する条例 第4条 何人も、次の各号に掲げる高等教育機関としての大学を設置してはならない。
(1) 研究、発見、発明又は知恵により人類の進歩に著しく影響を及ぼすもの
(2) 反ファシズム立憲主義、百科辞書等により公衆に高い教養を指導するもの

(不審な高等教育機関としての大学設置等を禁止する物件)
第5条 何人も、次に掲げる物件に、高等教育機関としての大学を設置してはならない。
ただし、法定無害高等教育機関、国民管理用高等教育機関及び公益、慣例、政権擁護その他の理由によりやむを得ないものとして別に定める高等教育機関については、この限りでない。
(略) 
(6)前各号に掲げるもののほか、京都市左京区その他の区域で、その物を高等教育機関と化し、権力擁護に悪影響を及ぼすおそれがあるものとして別に定めるもの

2 何人も、この条例に反抗してはならない。
ただし、法定無害高等教育機関、国民管理用高等教育機関及び公益、慣例、政権擁護その他の理由によりやむを得ないものとして別に定める大学については、この限りでない。

第39条 市長は、次の各号の一に該当する者に対し、大学設置許可を取り消し、変更し、その効力を停止し、その条件を変更し、 若しくは新たな条件を付し、又は発見や発明その他の行為の停止を命じ、若しくは相当の猶予期限を付けて、進歩的研究機関の改修、 移転若しくは除却その他違反を是正するために必要な措置を採ることを命じることができる。
(1) この条例若しくはこれに基づく処分に違反して、高等教育機関としての大学し、若しくは高等教育機関としての大学の規模、形態若しくは機能を変更した者又はこれらを管理する者
(2) この条例に違反して法定無害高等教育機関としての大学を設置した者又はこれを管理する者
(3) 法定無害高等教育機関、国民管理用高等教育機関及び公益、慣例、政権擁護その他の理由によりやむを得ないものとして別に定める大学条件に違反して、高等教育機関としての大学を設置し、若しくは法定無害高等教育機関、国民管理用高等教育機関及び公益、慣例、政権擁護その他の理由によりやむを得ないものとして別に定める大学の規模、形態若しくは発明能力を変更した者又はこれらを管理する者
平成吉年吉月吉日

 

今朝6月15日も撤去があったらしい。京大生よ焦るな・・、またテキトーな時期に「もぐらたたき」のように設置すればいいんじゃない。

REMEMBER3.11

タテカン一歩前進

表現の自由へ一歩

2018年6月13日に京都大学から立看板規定についてという見解が発表された。

少しタテカン設置の場所を考え直すという文章だ。

それにたいするまっとうな反論は学生側にまかせるとして、文章の一部、下記の文章に疑問を抱いた。

京都大学立看板規程に寄せられた意見等への対応について — 京都大学

また、非公認団体による指定場所への立看板の設置については、
団体名や実態の確認ができないため、学内団体か学外団体かさえ不明確で検証不能な団体が設置可能になってしまうおそれがあること、
実質的に同一の団体・個人が団体名称だけを変えれば無制限に設置可能となりかねないこと、
本学の教育研究活動を妨害する行為を行ってきた団体や学外の営利目的の団体なども一学生の学生番号を記載することで設置可能になるおそれがあること、
何より、非公認団体であっても学生用掲示板を活用すれば任意の情報発信ができることなどから、
規程どおり、新歓、11月祭の時期に限り可能とする扱いが適切であると考えています。
なお、本学外構周辺の立看板等については、京都市屋外広告物等に関する条例に抵触するのみならず、道路の不法占用に当たること、
歩行者に危険になりかねないことを内容とする市からの指導を受け、
また、歩行や児童の通学にとって危険であるなどの周辺住民からの苦情も寄せられているところです。
事実、倒れた立看板が通行人に当たって負傷させた事例が過去に複数回起きています。
京都市にある大学として本学のみが特例的な扱いを求めうる根拠はなく、法令違反を犯さないよう、引き続き、学生・教職員に求めてまいります。違反が発生した場合には、今後とも大学が立看板等の撤去を行うとともに、再三にわたり法令違反行為を続ける者・団体に対しては、法的な措置を含め、厳正に対処します。

これを読んで抱いた疑問は、それなら現在までどのような活動があったのか、

実質的に同一の団体・個人が団体名称だけを変えれば無制限に設置可能となりかねないこと、

いままで無制限に置いた例はあるのか。またそんな馬鹿なことをする人間はいない。

本学の教育研究活動を妨害する行為を行ってきた団体や学外の営利目的の団体なども一学生の学生番号を記載することで設置可能になるおそれがあること、 何より、非公認団体であっても学生用掲示板を活用すれば任意の情報発信ができる

これが何を狙っているのか不明だが、仮に「原理研」「中核派」のような団体をさすなら、別にそれはいまここで除外する必要はないのではないか。

また「同学会」であったとしても、期限ある設置でいいんじゃないか・・。

いままでそうだったし。

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事実、倒れた立看板が通行人に当たって負傷させた事例が過去に複数回起きています。

この指摘が事実なら当然それは対処法を要求されるだろう。
しかしそれは、自転車による事故と同じく、自転車に乗ることが悪いのではなく、自転車の乗り方の問題だ。
タテカンを作成し設置することが悪いのではなく、設置の仕方が悪いという問題だ。

ことは自転車による「移動の自由」と、等しく「表現の自由」という問題になる。

 

今回の文章はうがった見方をすると、反タテカン規制の組織分断を狙っている、という評価もある。

しかし、事務当局にそんな頭脳があったかなあ・・

済みません失言です。取り消します。

REMEMBER3.11

タテカンへの風圧

京都市の言い分:景観政策担当者

以下に都市景観部長発言の引用とそれに対する私の考えを

京都市都市景観部長 山本一博氏(54)」

京都大の立て看板を巡って、市民の景観への関心が高まり議論が起こっているのは悪いことではない。
市の政策とも関連するので行方を注視している。

まずは軽いジャブを打っている。(少し恐れをなしている感も)

景観は、誰かが押しつけるものではなく、地域で暮らしている人たちを抜きにして語れない。

その通りだと思う。まさしく京都市の一括かつ表面的な指定方法ではなく地域住民が個別に考えるべきだ。

どんな景観がいいのか、話し合いが活性化するのは望ましい。

これが本音なら京都大学との協議時にもきちんと議論の活性化を求めるべきだった。

その活性化する議論の申し入れをしていたなら、いくら「権力に弱い京大」といえども学生側との、活性化した議論を行ったはずだ。

屋外広告物条例など現在の景観施策は思い切った面もあるが、表現の自由を制限するつもりは全くない。

ここは詭弁だ。現に結果的に表現の自由を規制している。

ただ営利目的かどうかを問わず、倒れる危険性や大きさといった面で立て看板を一定規制する必要がある。

体面を作ろうとして墓穴に入る感もあるが上記論拠には虚偽が混じっている。

私は5年間ほぼ毎日、京都大学構内北の農学部グラウンドから南部総合研究1号館までを業務で歩いた経験がある。

もちろん至るところにタテカンが並んでいた。

しかし危険と思えるタテカンはその5年間で1基、風にあおられ倒れた、ものだけだった。ほとんど危険なものは無いに等しい。

周辺市民が危険といっているという理由は後付けの理由で、全く事実にあっていない。一部市民からの指摘が実際にあったとすればそれは、駐車違反車両の通報と同じく趣味でする範疇を超えないし、かつ百歩譲っても、危険なものは撤去しますで事足りる。

看板に書かれている内容は関係ない。規制が大学における表現の自由を脅かすという指摘は全く当たらない。

役人の業界には、朝ごはん論法というものがあるそうだ。

今治市愛媛県の人と会いませんでしたか?、いいえ会っていません。

あの論法だ。

「朝ごはん食べた?」ときかれ「朝ごはんは食べていない」とこたえる。

普通の教養ある常識市民なら、「あ、このひとはあさ何も食べていないのだ」と解釈するが、常識外れた官僚は、ごはんを食べていないということで、パンやうどん、そばを食べていても、「朝ごはんはたべていない」と返事する反常識がある。

この都市景観部長は多分、実際にタテカンを見ている。そして中身に触れることはタブーと考えたに違いない。

職名からして、景観への知識や配慮は相当なものだと思うが、欠落しているところもまま見受けられる。

 

京都市の条例にはいわば逃げもうってある。

京都市屋外広告物等に関する条例 第4条2項何人も、道路の路面に屋外広告物を表示してはならない。ただし、法定屋外広告物及び公益、慣例その他の理由によりやむを得ないものとして別に定める屋外広告物については、この限りでない。

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上記は1965年ころの京都大学百万遍門近くの画像。市電の線路がカーブした東大路に入っている。
そして石垣にタテカンがもたれかかっている。吉田キャンパス 本部構内 — 京都大学

現在、京都大学の上記HPに掲載されている。(いつ外れるか・・?)

もちろんこのころ以前からタテカンはあったはずだ。

もう一つおまけ

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これが伝統だ、慣例だ。

京都市景観政策:その哲学

京都タワーはどうだ、

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今では既存不適格建築物となった

嵐山の屋台はどうだ、

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6月以降は期間外だが毎年設置される

平安神宮から見た青蓮院別院将軍塚青龍殿はどうだ。

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青蓮院別院将軍塚青龍殿

行政の中で取り組む課題は多くあるのだが、政策の実行にはその哲学を持たないと支離滅裂、場当たり的な行政となってしまう。

京都市という世界でもまれな木造文化都市の景観を考えるに凡庸な頭脳では敵わないのではないか。

大学のまち京都・学生のまち京都の推進:総合企画局総合政策室大学政策担当 大学政策担当の主な仕事「大学のまち交流センターに関する事務,留学生に関する事務,大学の施設整備の支援,山ノ内浄水場跡地活用事業の推進」
  • 学生の確保に向けた「学びの環境」の充実 ―京都で学びたくなる「大学のまち」の仕組みづくり―
  • 大学の国際化に向けた,優秀な留学生等の受入拡大と国際社会に対応した人材の育成 ―留学生等の飛躍的な増加に向けた「広報」「支援」「交流」―
  • パワーあふれる「学生のまち京都」の実現 ―学生が持つエネルギーによる「京都力」の強化―
  • 産学公地域連携の推進による京都地域の活性化 ―産業・地域の活性化,研究成果の活用に向けた連携強化―

上記は京都市の他部署が進める場当たり的政策だが、悲しいかな政策が泣いている。

REMEMBER3.11

タテカンと強制された景観

様々な京都の景観

京都には地区それぞれの顔がある。

京都市の景観行政でも景観地区は以下となる。 

名  称 面積(ha) 備考
山ろく型美観地区 約138 北白川・銀閣寺周辺
渋谷・馬町
今熊野・泉涌寺周辺
本町筋・稲荷山周辺
山並み背景型美観地区 約303 下鴨神社周辺(2)
田中・吉田
京都大学周辺
聖護院・吉田山周辺
岸辺型美観地区 一般地区 約68 約92 哲学の道
岡崎疏水
鴨川東(1)
鴨川東(2)
鴨川西(1)
鴨川西(3)
高瀬川(2)
濠川・宇治川派流
歴史的町並み地区 約24 白川(岡崎・祇園
鴨川西(2)
高瀬川(1)
旧市街地型美観地区 約1,143 西陣
御所周辺
鴨東
鴨川
二条城周辺
職住共存(1)
纖住共存(2)
本願寺周辺
伏見
歴史遺産型美観地区 約543  
  一般地区 約381 下鴨神社周辺(1)
御所
二条城
祇園清水寺周辺
本願寺
東寺
祇園縄手・新門前歴史的景観保全修景地区 約3.2  
祇園町南歴史的景観保全修景地区 祇園町南側地区 約6.5 約9.9  
宮川町地区 約2.0
八坂通地区 約1.4
上京小川歴史的景観保全修景地区 約2.1  
伏見南浜界わい景観整備地区 約25  

京都市:伏見南浜界わい景観整備地区界わい景観整備計画図

  重要界わい整備地域 約5.3
三条通界わい景観整備地区 約6.6  
  重要界わい整備地域 約2.9
上賀茂郷界わい景観整備地区 約23  
  重要界わい整備地域 約2.2
千両ヶ辻界わい景観整備地区 約37  

京都市:千両ヶ辻界わい景観整備地区界わい景観整備計画図

  重要界わい整備地域 約7.9
上京北野界わい景観整備地区 約7.9  
  重要界わい整備地域 約3.0
西京樫原界わい景観整備地区 街道北・南地区 約12 約18  

京都市:西京樫原界わい景観整備地区計画図

街道沿い地区 約5.5
  重要界わい整備地
約1.3
本願寺・東寺界わい景観整備地区 約27  
  重要界わい整備地域 約2.7
先斗町界わい景観
整備地区
先斗町通地区 約2.0 約2.1  
  重要界わい整備地
約0.8
一般地区 約0.1
沿道型美観地区 都心部幹線地区 約125 約135 御池通
四条通
五条通
河原町通
烏丸通
堀川通
三条通地区 約9.9 三条通
市街地型美観形成地区 約642 小山
高野
西ノ京
壬生・朱雀
京都駅周辺
西七条・唐橋
沿道型美観形成地区 幹線地区 約430 約435 北山・白川通
西大路北大路通
二条駅周辺
京都駅前
その他沿道
衣掛けの道地区 約5.3 衣掛けの道
合 計 約3,431 -

京都市では京都の各地区景観を認めている。(驚くなかれ京都駅前も美観地区なんだって)

市も認めるように各地区にはふさわしい景観がある。

京都市=官からの一方的に強制された共通屋外広告物規制よりも各地区にふさわしい景観を!

 

顔としての景観

法然院には法然院の、

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祇園には祇園の、

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伏見稲荷には伏見稲荷の、

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京都駅前には「京都」の駅前としての、

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(うん棘が取れより京都らしい駅前だ)

白川巽橋には巽橋としての、

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哲学の道には哲学の道としての、

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東寺には東寺の、

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嵐山渡月橋には渡月橋としての、

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(6月に入って嵐山渡月橋脇の屋台はなくなっていた・・許可が出ているといっていたのに・・ 期間限定の許可で、また来年だそうだ)

京都市役所には「京都」の市役所としての、

 

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(あっ間違った。鴨沂高校だった)

神護寺には神護寺の、

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平安神宮には平安神宮の、

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(山の上には青蓮院別院将軍塚青龍殿が顔を出す。なんで)

京都大学には京都大学の、

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景観がある。

一方的な景観ではなく、「・・らしいたたずまい」が求められるのではないか。

京大周辺には自由の学風・京大としてのたたずまいが求められる。

REMEMBER3.11

タテカンと大学、京都の自由

京都大学学生の自由

京大のタテカンが屋外広告物に当たるかは、京都市の条例に定義されている。
京都市の条例でいう「屋外広告物」は国の定める、屋外広告物法による以下の定義をそのまま採用している。

京都市屋外広告物等に関する条例による屋外広告物第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
(1) 屋外広告物 屋外広告物法(以下「法」という。)第2条第1項に規定する屋外広告物をいう

屋外広告物法第二条 この法律において「屋外広告物」とは、常時又は一定の期間継続して屋外で公衆に表示されるものであつて、看板、立看板、はり紙及びはり札並びに広告塔、広告板、建物その他の工作物等に掲出され、又は表示されたもの並びにこれらに類するものをいう。

そして京都市は上記の条例順守を求めて京都大学への申し入れを行った。

(この申し入れは、「京都市屋外広告物に関する条例を順守してください」という程度の申し入れだったようだ)

その申し入れによって大学側はタテカン一斉撤去に踏み切ったのだ。

大事なのはそこで、大学、ことに自由の学風を誇る京都大学であれば、京都市からの申し入れ時に、
「その申し入れについては、人の心に関わる問題=表現の自由という観点もありこちらで適正に管理させてもらいます」

とでも答えればよかった、ということだ。

京都市屋外広告物等に関する条例(表示を禁止する屋外広告物等)
第4条 何人も、次の各号に掲げる屋外広告物又は掲出物件を表示し、又は設置してはならない。
(1) 汚損、退色、はく離又は破損により都市の景観に著しい悪影響を及ぼすもの (2) 破損、落下、倒壊等により公衆に危害を及ぼすおそれがあるもの
(屋外広告物の表示等を禁止する物件)
第5条 何人も、次に掲げる物件に、屋外広告物を表示し、又は掲出物件を設置してはならない。ただし、法定屋外広告物、管理用屋外広告物及び公益、慣例その他の理由によりやむを得ないものとして別に定める屋外広告物並びにこれらの掲出物件については、この限りでない。

(6) 前各号に掲げるもののほか、電柱、公衆電話所、アーケードの支柱、擁壁、煙突、電波塔、高架水槽、彫像、観覧車その他の建築物等で、その物に屋外広告物を表示し、又は掲出物件を設置することにより都市の景観に悪影響を及ぼすおそれがあるものとして別に定めるもの
2 何人も、道路の路面に屋外広告物を表示してはならない。ただし、法定屋外広告物及び公益、慣例その他の理由によりやむを得ないものとして別に定める屋外広告物については、この限りでない

京都市屋外広告物等に関する条例

この条例からは、

第4条1項「(汚損、退色、はく離、破損により)著しい悪影響」は整備すれば該当しない。

同じく第4条2項「破損、落下、倒壊等により公衆に危害を及ぼす」も整備すれば該当しない。

ましてや第5条2項で「慣例その他の理由によりやむを得ないもの」と謳ってくれている。

結果、「適正に整備させます」くらいで良かったのでは。

この時期にそうできない何か(学内の締め付け等)が大学側にあったと勘繰られても仕方ない「京都大学立看板規定」だ。

それにしてもこれだけ世間の関心を呼ぶ「タテカン」問題について大学側の意見としては、HPの深いところにこそっとした見解だけというのはなぜか。
いま学内でその後の対応策に揉めている、ということなのか・・

この京都市の条例を読んでいて思ったのは表示される内容についての言及がないということ。「表現されたものが公共の福祉に反しない」という文言をいれるとさらに混乱する、という思いからか。

しかし、景観の点からも表示される内容は大いに著しい悪影響を及ぼすものになるのではないか。

京都市の条例では記載表現内容については問わない、適正な外形規格の屋外広告物は(許可を得たうえで)設置してくださいという条例でもある。

 

京都大学市民の自由

その条例京都市屋外広告物等に関する条例には「改修、移転若しくは除去」として下記記載がある。

京都市屋外広告物等に関する条例による屋外広告物改修、移転若しくは除却第39条 市長は、次の各号の一に該当する者に対し、この条例の規定によってした許可を取り消し、変更し、その効力を停止し、その条件を変更し、 若しくは新たな条件を付し、又は工事その他の行為の停止を命じ、若しくは相当の猶予期限を付けて、屋外広告物、掲出物件若しくは特定屋内広告物の改修、 移転若しくは除却その他違反を是正するために必要な措置を採ることを命じることができる
(1) この条例若しくはこれに基づく処分に違反して、屋外広告物を表示し、掲出物件を設置し、若しくは屋外広告物若しくは掲出物件の規模、 形態若しくは意匠を変更した者又はこれらを管理する者


下記YouTubeの動画にも、「学生がタテカンを立てる自由があるなら、大学がタテカンを壊す自由もある」なんてことが書かれているが、学生が所有しているものを不法に壊す自由は大学にはない。

www.youtube.com

大学が行為を行い、影響を受けるのは学生(達)のタテカンという構図なのでこの時点では、大学の行為と学生の表現の自由との優劣が比較される。

では京大の周囲に置かれた、第三者である市民のタテカンはどうなるのか?

上記条例の中にも

「屋外広告物を表示し、掲出物件を設置し、(略)た者又はこれらを管理する者」

と書かれている。

つまり、市民の作ったタテカンは、京都大学当局が「設置」したのでもなく、「管理」もしていない、となればこのタテカン撤去はおかしいのでは・・

現実に撤去された市民団体の声

タテカンを作成・設置した市民団体の声5月12日土曜日の午後4時ごろ、プラスチックダンボール一枚の大きさで百万遍に看板を出したところ、翌日早朝に一斉撤去が行われ、市民団体のタテカンも、大学に持っていかれてしまいました...

京大の擁壁外部に立てかけられていれば京都大学の管理下にある、というなら、100歩譲って、擁壁から離れた、自立している屋外広告物=タテカンは京大側では撤去できないのではないか。

京大:「タテカン」規制1カ月 反対の声、学外にも拡大 - 毎日新聞

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ユーモア賞:下部但し書きも笑った

REMEMBER3.11

1年分の味噌づくり

味噌づくりなるものが簡単に家庭でできることは想像しなかった。

ご近所から教えてもらった簡単な味噌づくりを・・(でも連れ合いは手出しをするなというのでこれは傍観記です)

この地では近くに粷屋さんがあり、味噌作りセットを販売している。

今回買った分量は、大豆2升(3kg)生麹(3kg)塩8合(1.2kg)

まあ完成した味噌をおすそ分けする予定なので、例年より多い。

麹はこんな開封した袋で売っている。(生麹は封をすると熱をもち熱くなる)

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まず大豆を被るような水に一晩漬け寝かせる。

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そして翌日、鍋で炊き込む。Webには大豆の煮上がりは時間圧力鍋約20分 大鍋3時間ほどとの記述があった。味噌屋が教える失敗しない手作りみその作り方 | 越前有機味噌蔵 マルカワみそ 

しかし圧力なべは容量が小さいので、胴鍋で3時間ほど炊き込む。

手で大豆が簡単につぶれる程度まで炊き込む。

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粗熱をとり大豆を潰す。

最初友人に教えられたときは、この一晩寝かせた後煮込んだ大豆を「ミキサーで粉砕・細かくする」ということだったが、やってみるとミキサーの刃に絡まって固まり、ミキサーはすぐ動かなくなる。

そこでやむなく、うどんの製造のように足で踏みつぶすことを考えた、私が・・。

用意したのは布団乾燥機用のビニール袋

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100均ショップで3枚100円くらいで売っている。口がふさがり丁度いい。

これに入れ遠慮なく足で踏み込む。結構これに時間がかかる。

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大豆がつぶれればいいので、小指の先大の大豆は残っている方が手作り感がでてよい(と思う)

別途麹と塩を5対2の割合で混ぜ合わせる。

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潰した大豆と塩と混ぜた麹を合わせ、耳たぶくらいのやわらかさになればよい。固ければ大豆の煮汁を加えよく混ぜ合わせる。

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今回はコーナンで漬物用のポリ容器2個を買い求め用意した。

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上を平らにし空気に触れないよう表面にラップを置く。

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昨年(容器はタッパ)と今年の味噌樽

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作った味噌は冷暗所で最低半年寝かせる。

正月から2月、遅くとも3月に作り、夏を越す。そして秋から食べられるようになる。

昨年作った味噌は今1年少し、でこのような色具合。

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毎日味噌汁でいただく。非常にうまい。

REMEMBER3.11

タテカン、技術、体育

結果としての教育

高等教育の意義を問われる事件が続いて起こる。

大学とはなにか?

そもそもの大学としての存在意義自体を「建学の理念」等で、謳っているところが多い。ちょっと拝見

加計学園詭弁を育むことが本学の目的ではない

当然最初に気に係るところはここ不正に開設された「加計学園岡山理科大学獣医学部」、

「建学の理念」ひとりひとりの、若人が持つ能力を、最大限に引き出して、
技術者として、社会人として、社会に貢献できる人材を養成する。

岡山理科大学は1964年に創設され2014年に50周年を迎えました。
 創立者の加計勉(1923年-2008年)は、戦後間もない広島の地に立ち、原爆投下で一面焼け野原となった惨状を目の当たりにし「資源の少ない我が国を復興させるには、まず教育による人材育成が急務である。
大学を目指す若者たちの一人ひとりの能力を引き出し、最大限に伸ばしたい。」
との思いから、建学の理念として「ひとりひとりの若人が持つ能力を最大限に引き出し技術者として社会人として社会に貢献できる人材を養成する」を掲げました。創立者は「アカデミックな志向と高遠な理想を目指す雰囲気のある学園をつくりたい」との思いを持ち、岡山市内を望む半田山の地に岡山理科大学を設置し、現在に至っています。
岡山理科大学獣医学部これまでの日本の獣医学部では卒業生の約半数が小動物の診療分野に就業している一方で、ライフサイエンス研究に携わる専門家や、国際的な視野をもって地域の危機管理などに対応していく公務員獣医師が不足しているのが現状です。
そこで、本学ではこうした分野に貢献できる専門獣医師を養成するため、コアカリキュラムに加えて、独自のアドバンスト教育を行い、ニーズが高まっている分野で活躍できる人材を輩出していきます。

建学の理念にある、「ひとりひとりの、若人が」、「 技術者として、社会人として」

若人に期待し、最初に「技術者を養成」と技術系の学生を育てることを主眼としている。
 言葉ではなく技術がメインです。

理事長は他大学文系学部出身なのでまず置くとして、決して官僚を弄びその政策を左右するような詭弁家を育てることは本学の教育目的ではない。

でも、「コアカリキュラムに加えて、独自のアドバンスト教育を行い、ニーズが高まっている分野」なんて言葉使い、学生に理解しにくく、ほわっと伝える横文字憎いね。

詭弁技術への第一歩が窺えるし、その萌芽が職員や教授を中心にあちこちに育っている。

詭弁でも千両箱を獲得したらこっちのものだという意気はすごい。

京都大学ノーベル賞よりも地域との調和を第一に

続いてタテカン問題で自由の学風が揺れる京都大学

京都大学基本理念京都大学は、創立以来築いてきた自由の学風を継承し、発展させつつ、多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献するため、自由と調和を基礎に、ここに基本理念を定める。

研究
  • 京都大学は、研究の自由と自主を基礎に、高い倫理性を備えた研究活動により、世界的に卓越した知の創造を行う。
  • 京都大学は、総合大学として、基礎研究と応用研究、文科系と理科系の研究の多様な発展と統合をはかる。
教育
  • 京都大学は、多様かつ調和のとれた教育体系のもと、対話を根幹として自学自習を促し、卓越した知の継承と創造的精神の涵養につとめる。
  • 京都大学は、教養が豊かで人間性が高く責任を重んじ、地球社会の調和ある共存に寄与する、優れた研究者と高度の専門能力をもつ人材を育成する。
社会との関係
  • 京都大学は、開かれた大学として、日本および地域の社会との連携を強めるとともに、自由と調和に基づく知を社会に伝える。
  • 京都大学は、世界に開かれた大学として、国際交流を深め、地球社会の調和ある共存に貢献する。
運営
  • 京都大学は、学問の自由な発展に資するため、教育研究組織の自治を尊重するとともに、全学的な調和をめざす。
  • 京都大学は、環境に配慮し、人権を尊重した運営を行うとともに、社会的な説明責任に応える。
(平成13年12月4日制定)

 

京都帝国大学としての当時から、東京帝国大学と比べ、学生の人格を認め、個性を尊び、真理愛好の精神を涵養せんとの深き意から「自由の学風」は追及されていた。

(その当時から東大を引き合いに出すと、決裁は通りやすかった・・)

しかし、毎年の運営費も削減され、21世紀にふさわしいものとして人類共同体との関係を視野において自由を捉えるべきであるという意見もあり、 かつ内閣官房からも、官僚には多々忖度を求められるという世情も鑑み、「責任ある自由」などが代案として考えられていた。
自由は、人類共同体との関係を視野においた自由、と指摘していたが、最終的に それが、「京都大学は、開かれた大学として、日本および地域の社会との連携を強めるとともに、自由と調和に基づく知を社会に伝える」とまとめられた。
「人類共同体との関係を視野において自由」から

「日本および地域の社会との連携を強めるとともに、自由と調和に基づく知を社会に伝える」

と小さくまとめられた。

言葉の上からも、「人類共同体と自由」という発展的な自由から「自由と調和」と制限された自由と定義された。

ノーベル賞に輝く、iPS細胞の山中伸弥教授は神戸大学医学部出身である。

そして横断歩道が赤信号でも車が来なけりゃ渡る、と無意味な束縛を嫌う。

神戸大学の理念にも「真摯」「自由」「協同」と自由が含まれる。京大は自由の本家を他校に譲る策略を練っているのかも。

今後京都大学ノーベル賞よりも地域との調和を優先して求める方針です。

どうもお金と、忖度には弱いんです。

 

日本大学武闘系命です。

そしてフットボール問題から大学の組織体質自体が問題になる日本大学

日本大学の目的及び使命 憲章
    日本大学は、本学の「目的及び使命」を理解し、本学の教育理念である「自主創造」を構成する「自ら学ぶ」、「自ら考える」及び「自ら道をひらく」能力を身につけ、「日本大学マインド」を有する者を育成する。
日本大学は 日本精神にもとづき 道統をたつとび 憲章にしたがい 自主創造の気風をやしない 文化の進展をはかり 世界の平和と人類の福祉とに 寄与することを目的とする 日本大学は 広く知識を世界にもとめて 深遠な学術を研究し 心身ともに健全な文化人を 育成することを使命とする。
「道統」朱子学儒学の正統であるとする主張

(注)日大の「目的及び指名」には「憲章にしたがい」とあり、「憲章」には「目的及び使命を理解し」とある。

「道統をたつとび」、なんて誰も理解できない言葉をつかい、かつ「目的」と「憲章」のいたちごっこで、螺旋状に思考が奈落に低迷するよう、また言葉の判断に苦しむ内に、形勢を優位に持ち込むなんてことは考えていない(ですよ)。

要するに大学としては思考は求めない、体育がメインです。

歴史が物語っています。 日大闘争年表

こちらは忖度なんて、ないです。まず字が読めません。(あこれは学習院大だったか)

純粋な武闘系です。

高等教育の意義

それぞれ立派な理念を掲げてある。

これらの大学に入るのは高校を卒業した18才の生徒。それから見つめ直すと、加計学園以外の大学理念は立派すぎて難しすぎるのでは・・

(中学・高校は「生徒」、高等教育で「学生」)

学生というよりも社会にたいして宣言しているのかな。

社会の中での大学存在意義をうたっているのだろう。

各校立派な理念で結構なこと。しかし理念に終わって、教育研究に生かされなければ絵にかいた餅だ。

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近年では7割以上が高等教育へ進む。

社会人として高等教育までの過程で何を学ぶか、大学として何を教えられるのかが問われる。

REMEMBER3.11

タテカンと管理

「民主」京都大学のタテカン

タテカン問題は京都の他大学においては存在しない、という見解は何も意味をなさない。

なぜなら、「京都大学におけるタテカン」問題なのだから。

山極総長からのメッセージ京都大学というのは千年の都と呼ばれる京都にあって、長い伝統の中で ずっとユニークなことをやってきた大学です。
すべてはこの斬新でユニークな発想=「おもろいこと」を考えることから生まれます。
京都大学はそのために分野を超えて学生も教員も対話をします。
それも、真剣に、全力で。
それがきっと未来の真のイノベーションにつながり、この社会を豊かにしてくれるはずです。
京都大学はそのために労を惜しまない大学であり、それがすっと実現し続けるとうな 大学にしたいと思っています。
そして、これから「おもろいこと」をどんどん仕掛けていきたいと思います。
ぜひ京都大学の外からもいろいろな意味で参加をしていただければ幸いです。
「京大」のこれからにぜひ注目してください。

上記は京都大学HP巻頭にある総長のメッセージ

その現総長山極壽一氏の就任は2014年10月。

さかのぼること13年、2001年12月発信の下記京都大学の基本理念についてという文章が今でもHPに同時掲載されている。

自由と調和
京都大学が学問の自由を擁護するために闘ってきた誇るべき伝統をもつこと、また、自由な研究により卓越した研究を行ってきたことはよく知られている。しかし、自由という名の下に、京都大学で様々な問題が起こっていることを指摘する人は多い。とはいえ、「自由の学風」は、京都大学の「輝く個性」として今後も継承・発展させていくべきであり、基本理念においてもこの点を基調にすることに異論はなかった。そこで、自由といってもなんらかの限定が必要ではないかとの議論となり、21世紀にふさわしいものとして人類共同体との関係を視野において自由を捉えるべきであるという意見もあり、責任ある自由などが案として考えられていた。ところで、長尾総長の「京都大学の目指すもの」と題する文章では、21世紀においては「『進歩』を追及する従来型の概念から方向転換し、『調和ある共存』という概念によって学術を進めていくことが肝要である。」とされている。この「「調和ある共存」は、上の「21世紀にふさわしいものとして人類共同体との関係を視野において自由を捉えるべきであるとか、責任ある自由など」を含み、かつ新しい時代の京都大学を方向づけるものとしていいのではないかと考えられ?委員会に提案がなされた。
原案としては「人類社会の調和ある発展のため、」や「人類社会の持続的発展に貢献するため、自由と調和を基本として、」という表記があげられたが、「調和ある共存」、「自由と調和」は基本理念を支える概念として賛成をみた

「おもしろいことをどんどん仕掛けていきたい」と
「自由という名のもとに、京都大学で様々な問題が起こっている、ので自由と調和を」、
方向がまるで逆になっているこれらの文章が京大HPに記載されている。
この2本の文章には13年の経緯が詰まっている。
「自由と調和」が提起された2001年当時の総長は長尾 真氏(注1)(期間6年)そして次が尾池 和夫氏(注2)(4年10か月)、松本 紘氏(6年)現在の山極壽一総長と続く。
(なんだか米国の民主・共和党の大統領変遷だなあ・・ここ意味深 下記URL参照)

世界が滅んでも生き残るため、京大生よ変人たれ。酒井教授が語る、カオスに立ち向かうための「京大の役割」 | 360˚|京大発オンラインメディア

 


その私がいうところの「リベラル「民主党」政権」で、結局京都市からの屋外広告物についての行政指導が内部で化学反応を起こした。
トロイの木馬となった。

学問における立脚点というものは、いわば保守的でそう進化するものではない。ある意味遅々とした歩みだ。
しかし政府並びに大学管理者は一挙に改革できると考え強制した。

政府は毎年1%ずつ大学運営費削減みたいなバカげた政策をがむしゃらに実行した。

管理者たち、はそれを結果的に唯々諾々と受けた。

学問およびその研究についての政策は熟慮して取り組まなければならない。一気呵成に新しいステージには移行できない。

無理を通せば研究が引っ込む、ことになる。あくまでも政策は研究をサポートする程度でなければならない。これが教訓。

市民もタテカンの味方

私は5年間ほぼ毎日、京都大学構内北の農学部グラウンドから南部総合研究1号館までを業務で歩いた経験がある。

もちろん至るところにタテカンが並んでいた。

その間で、危険と思えるタテカンはその5年間で1基、風にあおられ倒れた、ものだけだった。

京都市からの行政指導の中に、「市民から危険との指摘もあった」とあるが、これはこのことからも行政=京都市もためにする目的で付け加えた論理だ。

ごく少数の危険という指摘が事実あったとしても、倒れないようにしっかり立てましょう、といって終わり。

これを下に言論の自由を脅かす根拠にはならない。

各方面に聴き合わせてみても、京都大学の内外で今回の京都大学立看板規定について、行き過ぎという指摘を多数きく。

親身に学生側をみていた旧三高の折田校長、そのひ孫の折田氏も非常に危惧している。
京大出身の作家もツイッター上に思いをつづった。

綾辻行人さんは4月28日、大学側の対応に「違和感を覚えるばかり」と発信。

平野啓一郎さんは5月17日、「この非暴力で罪のないユーモアを無慈悲に撤去すればするほど、大学側の対応の酷さが際立っていくでしょう。大学生は、表現の場所を求めてる。それはすごく限られてるから。大らかに面白がって見てたらいいじゃないか」

京都大学の教授も、「百万遍とタテカンは一体のものです」と話してくれた。

そして過去にはこんな発言も

歴代の総長理事「立て看板は京大の文化です。思想性のある立て看板は他大学にはないし、禁止することはないと思っています」(尾池和夫氏、04年時総長時)
その尾池和夫元総長・京都造形芸術大学長(77)は昨年も「京大の学生文化の一つが消えてしまう恐れがある」と気をもむ。
 理学部の学生時代には学園祭で南極展告知の立て看板を作った。総長時代には「京大の立て看板は日本の大学で一番見事」と語っていた。「立て看板は絶滅危惧種。消えた文化は復活できない。景観を守るという条例の趣旨は正しいが、立て看板のある風景は文化的景観だ。自由な学風だったはずの京大、ひいては社会の寛容さが問われている」と指摘している。

「立て看板は京大生の大事なコミュニケーション手段。無くそうというつもりはありません」(東山紘久氏、04年時副学長)

京都大学のタテカンは屋外広告物ではない、言論機関だ | ビジネスジャーナル

京都大学京都市

京大360というサイトにタテカン規制についてのアンケートがあった。

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2018年5月15日実施

京都市民も反対圧倒的多数がタテカン規制に反対、このあたりが京都市民の本音ではないか。つまり行政は市民の本音をしっかりと聞き分けていないのだ。
大学として締め付けるのか、「おもろいことをどんどん」やってゆくのかそのせめぎ合いが、今学内で起こっているのではないか。

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2018年5月25日のタテカン

やだねー。京都市でも市中にある権力が周辺を支配するんだ。
だけど京都大学の歴史は京都市長よりも先輩なんだけどねー。

 

REMEMBER3.11

いたちごっこでもいい

ここはいたちごっこでも面白いのではないか。 学生には経費負担になるが撤去されたら直ちに再設置するといういたちごっこが面白い。職員に撤去の負担をかけることも忍びないなら、その時は適時設置、好きな時間に引っ込める方法もある。
結果的にタテカンの設置時間は数時間でもいいし、数日でもいい・・

とおもっていたら今日(2018年5月25日)のタテカンにこんなのがあった。

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【タテカン製作支援団体】シン・ゴリラ (@shingorilla2018) | Twitter

タテカンをどこで見るか

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タテカンを見られる場所の解説

上記図にタテカン名所「緑線の場所」を掲載した。

図中Aはご存知、日本の「カルチェラタン(古いな)」百万遍。いわばタテカンで市民にも訴えかけるメインの場所。最新情報では現在下記数本のタテカンが健在

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Bは京大本部構内から西部地区にある、生協食堂「ルネ」への横断歩道に近く、学生が数多く往来する場所で、ここにもかってタテカンがあった。

Cは京大本部棟(事務本部のある建物)を背に、医学部方面との間にある交差点で11月祭を前にするとたくさんの催し物のタテカンが並ぶ。(今年はどうするんだろう)(下図の通り今は見事にタテカンは1本もない)

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Dもちろん京大正門前には訪問客へのお披露目としてメンツでもタテカンを立てる。しかし現在(2018年5月25日)ゼロ

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下図5月15日の正門

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Eは京大時計台前 昔から大学当局もいわば大学の顔的な場所で、意地にかけてもタテカン空白を維持している。しかし時に巨大なタテカンが立つこともある。

Fは京大本部構内から北部構内(理学部・農学部がある)への横断歩道でここにも北部学生向けにタテカンがでる。

大学当局はこの辺りへの設置を禁止し、上記図のなか赤色部分に許可を得た組織のタテカンを設置できるとした。管理された自由だ。

その場所の一部がここ

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あまり見向きもされないようだ。

裸の王様京都大学

2016年卒業式式辞「裸の王様」 山極壽一総長今日卒業する皆さんも、これまでに京都大学を卒業した多くの先輩たちと同じように自由闊達な議論を味わってきたと思います。
その議論と学友たちはこれからの皆さんの生きる世界においてきわめて貴重な財産になるでしょう。
京都大学には創造の精神を尊ぶ伝統があります。
まだ誰もやったことのない未知の境地を切り開くことこそが、京都大学の誇るべきチャレンジ精神です。
今日卒業する皆さんのなかにもさまざまな突出する能力を身に着け、すでにそれを発揮して活躍している方が多いだろうと思います。
しかし、忘れてはならないことは、自分と考えの違う人の意見をしっかりと聞くことです。
しかも複数の人の意見を踏まえ、直面している課題に最終的に自分の判断を下して立ち向かうことが必要です。
自分を支持してくれる人の意見ばかりを聞いていれば、やがては裸の王様になって判断が鈍ります。
このとき、京都大学で培った「対話を根幹とした自由の学風」がきっと役に立つはずです。

対話と自由の学風を放棄し、自分を支持してくれる人の意見ばかりを聞いて裸の王様になっているのは「京都大学」ではないか

京都市美観風致審議会として

「学生の創造性問われる」門内輝行京都市美観風致審議会長
 京大名誉教授(建築学
景観とは個人のものでなく、公共的なものだ。何が良い景観か、みんなが共有することが大切。
タテカンがある風景こそ京大だという声もあるが、どれだけ共感を得られているのか。
撤去された方がこざっぱりしているという人もいる。
 条例に反していたのは事実で、京大だけが許される論理は立てにくい。若者がエネルギーを表現する手段は他にもある。
 未来に残す価値があると言うのなら、学生たちは単なる自己満足や権利の主張を超えて、具体的にどんな価値があり、誰に向かって何を訴えるものか精査し、説得力ある論理やメッセージを打ち出すべきだ。
 20世紀の日本は都市景観より、経済発展や個人の自由を優先させた。
その結果、物質的な豊かさは手に入れたが、景観の秩序を大切にした欧州の都市などに比べ、美しさで見劣りする。
そうした反省の上に景観法や京都市の条例はある。
抵抗や反対が悪いとは言わないが、新しい提案があっていい。学生たちの創造性が問われている。
 さすが京大、という解決策を大学と学生に期待する。条例も金科玉条でなく、時代とともに見直し進化させる必要がある。

  曽我部真裕京大教授(憲法・情報法) 「『ない』風景、保護に値?」
京大が大学の管理権を根拠に撤去したのならば、学生側は裁判に訴えても勝訴は難しいだろう。京都市、京大、看板設置者の3者がからみ、複雑な案件だ。
京都市が撤去したのなら「表現の自由」対「公権力」の構図となるが、今回は違う。学生活動の自由を尊重すべきだとの主張は裁判では認められにくいだろう。
 撤去で自由な雰囲気が薄れると、大学全体の萎縮にもつながる。大学のあり方そのものの問題だ。京都が「大学の街」なら、京都市はこの点を認識すべきだ。

京都市はうまいことやるなあ)

「自由」に滅びる、こんな幸せなことはないと思う・・

(注1私的特記:京都市音楽芸術文科振興財団理事長 財団のご紹介 - 京都市音楽芸術文化振興財団 )

(注2 京大正門横にあるレストラン「カンフォーラ」で総長カレーが提供される。そのレシピは尾池総長考案)