大館矢立ハイツ
二泊三日で青森の弘前公園さくら見物
秋田空港に着きリムジンバスで秋田駅へ
秋田駅からは奥羽本線で宿最寄りの陣場駅へ。2時間ほど。

この時間帯は各駅停車しかない。秋田駅発15時17分 陣場駅着17時20分
宿には駅までの送迎を依頼していたので列車が着くと駅前に車が止まっていた。
駅から宿まで10分ほどで到着。
この宿は創作和食料理もさることながら温泉が金の湯と称されるらしい。
鉄分が多く大浴場の床は赤茶色になっていた。
湯も赤茶で底は全く見えない。
10人程度の客が入っていた。常連の湯治客?も多いらしく外から日帰り温泉客もやってくる。
*
夕食は謳っているように創作和食が出てきた。

すき焼き風の牛は薄味の出汁に肉が浸っていた。またホタテの陶板焼き地元の山菜と絶妙の配膳でもあった。
美味しかったのでつい完食
この夕食・朝食こみで宿泊料金はなんと10000円(税込み)だった。
*
矢立峠
駅からの送迎の途中で車窓から廃線跡が見えた。
それが気になっていたが翌朝朝食を一緒に食べたご夫婦と話をしていると、年配のご主人はカメラマンだそうで主に東北や北海道の自然を撮影されているとのこと。
ご夫婦は秋田在住でおりしも弘前公園の桜を撮りにゆくのだそうだ。
話のなかでこの近くをSL三重連が走っていた、と聞いた。
往年のSL三重連走行を実際に見たらしい。(撮影されていたかは聞きそびれたが多分撮影されていたと思う)
帰ってから矢立峠を調べた。
Webでは矢立峠でこのような記事もあった。
「矢立峠は奥羽本線で屈指の難所と 言われていました。そのため、この峠を 越えるには、SL(蒸気機関車)1両では 登り切れず、D51などが3両連なって 登っていました。その様子は、NHKの 「新日本紀行」で放映されたこともあり ます。昭和46年に、矢立トンネル経由 の新ルートが完成し、勾配が緩和され ました。 現在は、かつてのトンネルと軌道跡、 そして、石碑を残すばかりとなりました。」
矢立峠がSL重連のメッカとは知らなかった。
下図のようにこの峠の旧線は急勾配25‰で特に重量のある貨物列車などはSL三重連で通過したようだ。
今でもNHK新日本紀行「D51 最大の難所に三重連で挑む 奥羽本線 矢立峠」で検索すればWeb上で往年の三重連走行が少し見ることができる。(ショート画像)
この峠も1970年奥羽線複線化にともない矢立トンネルが建設され急勾配も解消された。



*
弘前駅

弘前駅前からは弘前公園までシャトルバスが頻繁に出ていた。
15分ほどで弘前公園横まで。
当日の天気は午前中小雨、昼からは晴れという予報だった。

続く
弾丸往復 弘前公園桜プラス 3 に進む
弾丸往復 弘前公園桜プラス 1 に戻る