紙つぶて 細く永く

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さまよい歩いて行く陵墓No1

天気がいい日に飛鳥へ出かけた。

目的は高松塚古墳

高松塚古墳

丸いのが高松塚古墳
高松塚古墳壁画現在壁画館にあるのは模写壁画。

高松塚古墳壁画は現在修復中でこの2026年3月まで現地近くにある仮設修理施設でガラス越しに公開されていた。
しかし新たな保存公開施設の整備がはじまるため4月から公開休止となっている。

また壁画は将来的には,カビ等の影響を受けない環境を確保し,現地に戻すことになるらしい。(モニタリングできる形で埋め戻す可能性が大きい。最終結論は未定)

 

第42代文武天皇陵

そこに着いたところ、すぐ横に文武天皇陵(正式には桧隈安古岡上陵)があった。

この陵は駅から歩いて20分ほど

駅から周遊バスがでているのでバスなら5分ほど

 

 

長閑な峠の横に御陵はあった。

 

こちらが桧隈安古岡上陵

場所は下図

 

数えると今までに訪れた天皇陵は36となった。

 

中で天皇陵の中で到達が最難関といわれる天皇陵は淳和天皇大原野西嶺上陵

 

第53代淳和天皇陵

以下がルート地図 

阪急電車東向日駅から阪急バスで南春日町バス停へ

そして山を登る。

標高642mの小塩山山頂にある。

赤い線が歩いたルート

 

小塩山山頂淳和天皇陵 参拝記録

 

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ここが最難関だからあとは巡りやすい。

意気込んで巡りはじめた。

 

幸い京都近辺に多いので日に何か所かは回れるだろうと・・

 

京都市の北西部(上図)に目を付けた。

十数陵かたまっている。

 

第67代三條天皇陵

市バスで白梅町まで。下車し北へ5分ほど歩き67代三條天皇陵へ。

三條天皇北山陵

 

第65代花山天皇陵・第78代二條天皇陵

少し強い日差しの中汗をかきながら今度は10分ほど南下、65代花山天皇陵、

続いて西に折れて78代ニ條天皇陵まで15分。

花山天皇紙屋川上陵

二條天皇香隆寺陵

二條天皇陵は高い松の木が印象的

陵墓はされに西へ行った龍安寺の中にもある。

 

 

二条天皇陵から20分ほどで龍安寺。

入るには拝観料が必要

天皇陵へ行くためもに拝観料が必要なのだろうか?

 

事前に龍安寺HPで確認したがそれらしき記載はなかった。

 

龍安寺HP 後でわかったことだがこのHPは特殊な構成になっており、 「問」「質」「石」「歴」「案」「道」 の各漢字にマウスを載せると次ページへの遷移が詳しく表示される。そんなの分からないよなあ。凝りすぎ。

 

 

そこで龍安寺まで行き拝観受付で聞くと、下図赤い線の回り道を教えてくれた。

 

 

無事龍安寺の中の陵墓を巡ることができた。

 

第69代後朱雀天皇陵・第70代後冷泉天皇陵・第71代後三條天皇陵

まずは後朱雀天皇・後冷泉天皇・後三條天皇の三陵

拝観受付からは5分ほど

 

陵前は狭い場所でカメラの画角が合わず窮屈な写真となってしまった。

 

第68代一條天皇陵・第73代堀河天皇陵

その横を進み階段を5分ほど上る。

そこに一條天皇陵・堀河天皇陵がある。

その前で振り返ると京都市内が遠望できた。

埋葬されたころは木の高さも低く、見晴らしのいいところだったのだろう。

 

天皇陵の向く先は

天皇陵には正面がある。

つまり陵の向く方向がある。

今回の陵を見ると

 

文武天皇陵は南南東

GoogleMapより

淳和天皇陵

まあ現在の京都市内南部方向東を向いている。

 

三條天皇陵

南(より少し南西)を向いている。

花山天皇陵

南を向いている。

二條天皇陵

南を向いている。

後朱雀天皇・後冷泉天皇・後三條天皇陵

南(少し南東かな)

一條天皇・堀河天皇陵

南(こちらは少し南西)

 

中国古来の思想で「天子南面」ということから南を向く霊廟が多いとは聞くが、結構様々な向きをとる天皇陵は、個々に見ると何らかの思想に基づいて正面が決められていのではないかとも思う。

 

寄り道で歩いて行く陵墓2

 

一周トレイルで訪ねる陵墓3