紙つぶて 細く永く

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岩波書店からの返事

岩波文庫がぼろぼろになった

何回目かの再読をしようと岩波文庫を探し出し読もうとしたら、表紙と目次頁から何ページかが外れ、ページも茶色くなっていた。

奥付を見ると50年ほど前の本だ。酸性紙でもうダメなんだなと思いつつ下記のように投稿した。

 

「くだらない質問ですがご教示ください。
特に文庫について、強度はどの程度か基準みたいなものはありませんか?
何回のページめくりに堪えるのかしら・・
1968年の本ですが10回程度しか読んでいない文庫がぼろぼろになりました。もちろん買い換えました。」

 

そうしたら、担当者から丁寧な返事以下が届いた。

このたびはご連絡誠にありがとうございます。
さて、1960年代刊行の文庫がボロボロになったとのこと。大変に申しわけなく存じます。

これは、端的に申し上げると、当時用いていた紙の性質の問題です。
ページの捲りの回数で紙の繊維が少しずつほぐれて弱くなるという事は当然考えられますが、それと60年代の本がボロボロになることとは関係はありません。
戦中戦後の紙不足の時代を経て、戦後の経済成長の中で、紙は非常に需要が大きく、文字通り大量生産・大量消費されました。
 製紙技術も工業化が進み大量の供給が可能になりました。
この製造工程では、木のチップから紙パルプを製造する過程や紙の強度を上げるために加える糊など、多くの化学薬品を用いております。
 ただ、この際用いる薬品の成分が基本的に酸性ないしは酸化しやすい物でした。
そのため、当時豪華本など特に厳選された紙を用いた本でない限り、たいていの本は酸化しやすい紙(酸性紙)を用いておりました。
酸性紙は、時間とともに空気に反応して酸化(穏やかな燃焼)が進みます。
仰せのように、酸化して焦げた様な状態(茶褐色になる)になっていきます。
また、繊維を固定する糊分も酸化して硬化するので、甚だしくは卵の殻のようにボロボロと崩れてしまいます。
この問題は、戦後~高度成長期に大量に販売された本が、時間を経て次々と経年劣化してきた70年代末から80年代に大変な問題となり、以降、可能な限り酸性紙ではなく中性紙を用いるという方向になっていきました。
 したがって、近年の本は以前に比べると経年劣化しにくくなっているという感覚はご実感いただけるかと存じます。
とは申せ、経費や技術の限界で、手頃の価格で紙を完全に中性にすることは難しく、また、製本に用いる接着剤などが紙に与える影響もあり、ペーパーバック(文庫・新書など)や一般的な単行本は大なり小なり経年劣化は避けられません。
手脂をつけない、日光に当てない、極端な乾燥・湿潤を避ける、風通しの良い場所に保管するなど、より長期に劣化を避ける心得はありますが、本をお楽しみいただくにはあまりに手間のかかることなので、近年の本なら60年代までの本のような激しい劣化はしませんので、普通にお扱いただいて大丈夫かと存じます。


 長い説明になり失礼いたしました。ご参考になれば誠に幸甚に存じます。 今後とも岩波書店をよろしくお願い申し上げます。

なんともこころ温まる文章だ。

連絡は苦情のつもりではなかった。

「通読10回でぼろぼろ、そんなもんです」という返事だろうと考えていたし、今の風潮ならそれもあり得ただろう。

この担当者あるいは岩波書店は今の風潮ではなかった。

いわば(昔のように)まっとうに考えれば、連絡に対し誠実に向き合うと、その原因を考え、次に対策を考える。

そしてこの人が何を求めているのかを理解し、それに沿った返事を心がける。

このような丁寧なやり取りがなくなったように感じる。

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「お世話になります。○○資料館専門官の○○でございます。  ご質問の件に関する記事は,当館所蔵資料には見当たりませんでした。以上、要件のみで失礼いたします」

殆どの返信はこのような事務的冷徹さの文言だ。

時代の変化と共に時もますます貴重となり、各人の絡み合いも希薄になってきた。

この流れなら多くの個人が、他人との関係で「この人とのやりとりはなるべく節約志向で」と考えていくことが強くなって行くようだ。

このような時間の節約は気持ちの節約でもある。

 

 

「イヴァンよお前にやる花はない」プラハの花屋

REMEMBER3.11