紙つぶて 細く永く

「イヴァンよお前にやる花はない」プラハの花屋

火事場で考えそうな議論

2020年7月

そして、いささか興味深いことに、今回、世論もメディアも、政府に対して、はやく「緊急事態宣言」を出すよう要求していたのである。
ついでにいえば、普段あれほど「人権」や「私権」を唱える野党さえも、国家権力の発動を訴えていたのである。
強権発動をためらっていたのは自民党と政府の方であった。
これを指して、日本の世論もメディアも野党も、なかなかしっかりと近代国家の論理を理解している、などというべきであろうか。
私にはそうは思えない。今回の緊急事態宣言は、もちろん一時的なものであり、しかも私権の法的制限を含まない「自粛要請」であった。
しかし、真に深刻な緊急事態(自然災害、感染症、戦争など)の可能性はないわけではない。
その時に、憲法との整合性を一体どうつけるのか、憲法を超える主権の発動を必要とするような緊急事態(例外状況)を憲法にどのように書き込むのか、
といったそれこそ緊急を要するテーマに、野党もまたほとんどのメディアもいっさい触れようとはしないからである。
そうだとすれば、政府はもっと強力な権力を発揮してくれ、という世論の要求も、近代国家の論理によるというよりも、
ほとんど生命の危険にさらされた経験のない戦後の平和的風潮の中で生じた一種のパニック精神のなすところだったと見当をつけたくなる。
いざという時には国が何とかしてくれる、というわけである。
国家はわれわれの命を守る義務があり、われわれは国家に命を守ってもらう権利がある、といっているように私は思える。
ここには自分の生命はまず自分で守るという自立の基本さえもない。
もしこれが国家と国民の間の契約だとすれば、国民は国家に対して何をなすべきなのかが同時に問われるべきであろう。

佐伯啓思1949年生まれ。京都大学名誉教授

参照 保守として何を

 

2020年4月

――「緊急事態宣言」が出されて10日たちました。憲法学の視点からどう見ていますか。

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「まず、はっきりと仕分けしておかなければならないのは、今回の事態は、憲法に『緊急事態条項』を加えるかどうかという議論とは関係がない、ということです。
この機に乗じて改憲機運を盛り上げようとする動きには、釘をさしておかなければなりません」
「緊急事態の議論には2種類あります。

緊急事態の議論
  • 何が緊急事態かを問題にし、独裁権力を想定しない『客観的緊急事態』論
  • 独裁権力を想定し、誰がそれを握るかを論ずる『主観的緊急事態』論

です。
この二つを区別すべきだと説いたのは、ドイツの公法学者ユリウス・ハチェックでした。
彼の意見では、前者が立憲主義にとっての正道、後者は邪道です。
日本の憲法学者にも影響を与えた人でした」
「刑法には『緊急避難』という議論があります。よく例に出されるのは、古代ギリシャの哲学者カルネアデスが出した設例です。
船が難破して皆が溺れかかっているとき、目の前に舟板が流れてきたとする。
2人つかまれば板ごと沈んでしまう状況で、自分が助かろうと他人を突き飛ばした人間を、殺人罪として処罰できるか。
どちらにも生きる理由がある。
正しい利益と正しい利益がぶつかっている。
それらが両立せず、しかも決断に緊急を要するときに、殺人罪で処罰されるリスクを冒し、やむを得ず他人を突き飛ばして難を避けた行為。
これを『緊急避難』であったことを理由に、裁判所が事後的に無罪とすることは、認められています」
「同じように、『緊急』を理由に行われた国家の行為に対しても、市民社会の法理をあてはめて、
法律で免責したり、違法と判断したりするのが、18世紀の英国で始まったとされる『客観的緊急事態』論です。
平時なら違法な国家行為を、どういう条件なら免責し得るのかが問題となりました」
「これに対して、憲法上の『緊急事態条項』論議は、緊急事態を理由に議会から立法権を奪って、『誰か』に委ねる条文を新設する議論です。
ナポレオンの失脚後、フランスの王政復古の流れのなかで出てきたものです。
『緊急事態』を口実として、国王が、法律の効力をもつ命令を、議会の関与なしで主観的に出せるようにしたのです。
そうしたフランスの反立憲主義的な思想が、ドイツの君主制憲法に伝わり、日本の明治憲法に輸入されました。
これがいわゆる『主観的緊急事態』論です」

 

石川健治1962年生まれ。東京大学教授

参照 両論併記は正しいか