前回の話
東北新幹線奥津軽いまべつ駅に降りたのは数人。
雪が舞い散る曇り空の下代行バスを待った。
駅前で一人の女性が所在なげに代行バス時刻表を不安そうに眺めていた。
どこへ行くのと声をかけると同じ龍飛岬だった。
行く先が同じと安心したようだった。
聞くと一人で大阪から飛行機でやってきたそうだ。 伊丹空港から青森空港、そして新青森駅から新幹線でやってきたそうだ。
「わーたしも一人、連絡船(代行バス)に乗り」 歌のシーンにそっくりだと笑った。
龍飛岬
JR東日本津軽線は2022年8月の大雨で蟹田駅までの運行となっている。
そこから先は代行バス。
一応JR東日本の代行バスは三厩駅までとなっている。
しかし今は代行バスと振替輸送について今別町・外ヶ浜町との協議で乗合タクシーによる実証実験が行われている。
それで路線は龍飛岬まで延長されている。奥津軽いまべつ駅でこれに乗った。
ここから乗車したのは5人。
津軽線としての代行バスは蟹田駅から三厩駅まで。三厩駅から先は別途運賃500円/人が必要
代行バスは海岸沿いを三厩駅まで走った。そして三厩駅で若い青年が降りた。
前回三厩駅まで来たときは10月。その時はここから外ヶ浜町営バスで龍飛岬へ行く人が多かった。
鉄道開業150周年 東北完乗の旅 その12
今回バスに残る乗客は4人。4人を乗せて岬へ向かった。道路には雪が少し残る。
バスのドライバーは、当地にはここから龍にのって津軽海峡を渡り北海道へ逃げ延びたという義経伝説があり義経寺まである、と聞かせてくれた。
龍飛岬の名所は灯台と「階段国道」と津軽海峡冬景色の歌碑。
灯台と歌碑は少し離れている。
私が現地には25分の滞在で折り返す、と伝えると親切に、灯台から龍飛岬歌碑を見学のあとそこで拾ってもらうことになった。
灯台は少し高いところにあり風がきつかった。2月、雪はないが寒さも厳しく早々に歌碑まで行くことにした。
龍飛岬灯台から歌碑までの途中に階段国道がある。
全部で332段。冬季は閉鎖されている。
*
津軽海峡冬景色歌碑
階段国道から少し離れたところにその歌碑があった。
前の赤いボタンを押すと津軽海峡冬景色が流れる。
なぜか2番。
どうやら1番の歌詞が
「上野発の夜行列車降りた時から青森駅は」
なので1番は青森駅にある歌碑で流れるらしい。
ここは2番の
「ご覧あれが龍飛岬、北のはずれと」
にちなんで2番が流れるのだ。
ビユーという風の中同行の4人で繰り返し2番を聞いた。
そして帰りのバスが出発する時間となり3人が乗車
わーたしも一人、連絡船(代行バス)に乗り、の女性はここの宿に宿泊する。
*
16時25分にバスが再び三厩駅に到着すると駅から青年が出てきた。
龍飛岬へ向かうときに途中でおりた青年だ。バスを降りてから1時間ほどになる。待合室にいたらしい。
彼が乗車するときこのバスの運転手が「このバスは蟹田駅へは行きません」
と案内した。
すると青年はすたすたとまた駅に戻った。
このバスは奥津軽いまべつ駅16時45分到着で運行終了。バス会社の運行は17時までの営業らしい。
バスが発車する前、運転手は再度駅待合室を覗き「蟹田行は17時47分までない。大丈夫」と聞いていた。
この付近は商店もなにもないところ。1時間20分ほどまた一人待合室で過ごすらしい。
そのあと17時45分にバスは奥津軽いまべつ駅に着いた。
下車した後、もう一人の青年(二十歳前に見えた)は駅の付近をうろうろし始めた。
私は新幹線で北海道へ行く、と告げたがどうやら彼もまた蟹田駅へ行くのだ。
蟹田行バスは1時間30分後。
彼は蟹田駅まで歩くという。20kmほどある。
隣の駅大平駅まででも11km2時間30分ほどかかる。また歩くなら途中で代行バスに追い抜かれる。
無謀だと思った。
津軽・龍飛岬を訪れる人はどうしてこう孤独なのだろう。
*
17時01分北海道新函館北斗駅行のはやぶさ25号が来た。
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