豊かな感受性をもった芸術家の、自然の中でのきわめて簡素な生活ぶりだ。当時ここにあった娯楽といえば、せいぜい音楽と読書と造園くらいのものだ。しかしそれくらいあればけっこう十分だったのかもしれない。人生の贅沢の基準は人それぞれに違う。
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アイノラ荘にはシベリウスが作曲に使っていたスタインウェイのグランド・ピアノがそのまま残され、今でもコンサートで実際に使用されている(アイノラ荘では定期的に小さなコンサートが催される)。この楽器は彼の五十歳の誕生日に、友人一同からプレゼントされたものであるということだ。それまで彼は古いアップライト・ピアノを使って仕事をしていた。アップライト・ピアノが好きだったからではなく、グランド・ピアノを買う経済的余裕がなかったからだ。それで友人たちが「シベ公くらいの世界的作曲家が、グランド・ピアノを持っていないというのは、フィンランドの恥だべ」みたいなことを言って(言葉使いはあくまでも僕の想像だけけど)基金を募り、新品のグランド・ピアノを買って贈った。シベ公はとても喜んだということだ。
村上春樹「シベリウスとカウリスマキを訪ねて」より
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REMEMBER3.11
不断の努力「民主主義を守れ」