紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は旧Blog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

座標 転向序論

ある刹那に起こる現象を捉えた時に、現象はどのような発展をとげるのかは分からないものである。
拡大しているのか縮小しているのか、移動するのか留まるのか、右へ動くのか左へ動くのか・・、
数学の座標では今ある位置を「x、y」で表示する。
例えば、座標軸がここにあるとするならば、「A」の位置と「B」の位置は、
座標という二次元の中で表示するなら位置関係が分かり、AはBよりも右にある、という理解となる。下図
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このことを理解しないで言葉だけで表そうとするとなかなか難しくなる。
時代の先端を行くのは、AなのかBなのかは言葉よりも座標で示すとより簡潔にかつ歴然と分かる。

さらに物理学ではベクトルという定義がある。広辞苑によると「大きさと向きを有する量」と定義されている。
座標にベクトルが加わるとより関係性が分かりやすくなる。下図
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座標の中では右にいる思われるAはマイナス方向のベクトルをもちしかも力が短い。 
しかし、Bはプラス方向のベクトルをもち長い。
この結果刹那的に右にあると思われた「A」は、将来「B」よりも左に位置し、左にあるとおもわれる「B」は右に位置するという予測がなりたつ。

さらに物理学では位置によるエネルギーというものが定義されている。地上から5mの高さにある野球ボールCと地上から50mにある同じ野球ボールDのもつ位置エネルギー
1対10の関係でDのほうが位置エネルギーが多いとなる。試みにその位置で野球ボールを自然落下
させると地表にぶつかる速度が1対10の比で異なるということである。
このことは、いわば座標の第一象限から第四象限どの面に立脚するかによってその現象のもつ意味が異なるということである。

下記二つの図に見られる「A」「A’」の関係はどうであろうか。
「軌跡1」のほうでは立ち居地が変わり見る方向もちがう。「A」は当初第一象限におり右を見ていた。
その後心境の変化もあり第三象限に移りかつ左を目指すようになった。
これを「転向」と呼ぶ。
ところが「軌跡2」では立ち居地は変わったがより強く長いベクトルで同じ方向を見続けている。
これは「転向」とはいわない。
刹那的に判断を下すことには弱さがある。その事象がどの位置にあるかだけでなく、
どういうベクトルを持っているかを捕らえなければ正確な判断はできない。
1点だけでは方向性は確認できない。
次にどの方向に点が打たれるかによってベクトルが歴然となるのである
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落語家の桂枝雀は落語にもその法則が当てはまるとそれを「緊張と緩和」と言い表した。
落語においてはぎゅっと圧縮されて緊張感を覚える場面があってこそ、
緩和される笑いがより大きいものとなる。
大きな笑いというベクトルを生むためには、緊張と緩和という2点が必要という理論である。