紙つぶて 細く永く

「イヴァンよお前にやる花はない」プラハの花屋

震災から9年

2020年3月11日

立っているよりは胡坐をかく、

胡坐をかくよりは椅子に座る、

椅子に座るよりは横になる、

横になるよりは枕に頭をのせる、とひとは怠惰になるものだ。

これが人情というものかもしれない。


 同じように、外出するときにまず考える、

最寄りの駅まで歩いて行けば10分ほどかかかり、列車を待って乗車、シートに座る。

一方玄関を出たところに車がある、車に乗ればわずかな時間で運転席に座れる。

 やっぱり車が楽でしょう、となる。

理学部的にいうと、生来動物はよりエネルギーを使わない方向を志向するものだ、

となり文学部的にいうと、生来ひとはより怠惰になるものだ、かな。

しかし、怠惰では駄目だ。

毎日怠惰で過ごすよりは、週二日はストレッチを行い、筋肉を鍛える。

月に一度はハードに身体を動かす。

多分この辺りは日ごろから取り組んでいるひとが多くいると思える。

日頃テレビを見ない身分でいうのもなんだけど、

少なくとも横に寝転んで無意味にテレビを見るよりはしゃんと座って見る、

これがテレビに対する礼儀というものだ。

(こんな七面倒くさいことをするくらいならテレビを見ない、大いに結構)

マイカーに慣れるより、はるかに環境にやさしい、

そして事故率の少ない鉄道に頼ろう。

己の身体一人で、公共空間を大きく占有しながら、渋滞にいらいらして車を操作するより、

鉄路の上を風を感じながら半分居眠りして町にでよう。

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人間に怠惰にならず身体を鍛えよう、と薦めるように公共にも怠惰になるなと訴えよう。

無暗に電線を張り巡らすな、

張り巡らした鉄路を守れ、

引き継いだ伝統や文化を経済効率だけで不用とするな、

不始末の責任をとれる度量ある官僚となれ、

探しもせずに無いと断定するな、

議論に参加するなら言葉の定義を正しく理解できる能力をもて、

あらゆるものに付随して公に貢いだ税金を特権をもって私物化するな、

経済を測る能力がないのなら慣性で政策を引きずるよりも済みませんと次に譲れ、

 

「友達」内閣をつくるな、

ひとつくらい国民のためにやったという仕事を残せ、

度量のないものこそが真実を怖れる、

北国に春を

公共に怠惰になるなといえるように国家にも怠惰になるなと訴えよう。

なまけた国家に柱はない。

震災の被害者15899人を行方不明者2529人を忘れるな、

福島第一原発はまだそこにある、ふるさとには戻れない、

大半の原発は眠っている稼働していない、

電力はひっ迫していない、

貯めたプルトニウムを核兵器にするな、技術を過信するな、

これらの事実からは「やっぱり原発No」だ。

しかし、君たちが出した原発のゴミは君たちの責任で永久管理せよ、

70年存続した憲法の実力から見るとひよっこの「戦争法」はアウトだ、

共謀罪は治安維持法の焼き直しだ、

戦争犯罪はやはり戦争犯罪、失敗を美化するな。

身びいきな政治はひっこめ

私たちは「アンダーコントロール」されない。

すさんだこころで議席にしがみつく人士は退場を


似非導師に王道が語れないように、

似非詩人に心を揺り動かされないごとく、

国を動かせるのは似非選良ではない、真実を育むのは・・・・。

 「もう隷従はしないと決意せよ。

するとあなたがたは自由の身だ。

敵を突き飛ばせとか、振り落とせと言いたいのではない。

ただこれ以上支えずにおけばよい。

そうすればそいつがいまに、土台を奪われた巨像のごとく、

みずからの重みによって崩落し、破滅するのが見られるだろう」

(多事奏論)隷従している人たちへ 自由になるのは簡単ですよ 国分高史

2020年3月11日より

 

「イヴァンよお前にやる花はない」プラハの花屋

REMEMBER3.11