紙つぶて 細く永く

「イヴァンよお前にやる花はない」プラハの花屋

言葉を失った発言者

ジャーナリストの中には冷めた目で第二、第三の「田崎スシロー」になっている輩がいる。特に国際経験豊富で国連に詳しいジャーナリストの女性某大崎氏は自衛隊員を海外の現場で見たり接したりするのであろう。

彼女が現場を思い、現在日本でこの自衛隊をとりまく厳しい環境は第一線の人間に酷だ、政治課題にしないでほしい、という話を発言する。

しかしこの説の裏には追及を否定する、あるいは緩和の気持ちが見え隠れする。
現場にいる多数の人間の努力を思う気持ちは十分わかるが、それに言及するにこのような無知で無感覚な論を聞くと、その人の浅い知性にいらっとする。

海外から眺めると今現在そこにある日本の危機が見えないものらしい。

今彼女が思いを馳せなければならないのは、なぜ日本でこのような追及がなされているのかという事実を見ることだ。

オブラートに包んだいい方の底にできれば権力への波及を避けたいという思いがのぞく。一方では次官の女性スキャンダルの非については声が大きくなった。自身の意識が
この人には、「国力が衰えていく、すなわち国民を遂行的に形成してゆく「夢」が(ついに)なくなったということ」が見えていない、しかし身近に感じる自身の周辺の出来事には特別の意識をもつこの偏りが大きな問題。

 

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往々にして人は豹変する。しかしその豹変のタイミングおよび理由が重要だ。

デビュー当初は、歌舞伎の女形のような形を目指し、一種そこまで(やるか)という芸風で、かつその芸風が受けないとなれば豹変、他の芸風を探し求める。

ある時から急に、猥褻なことも表現し始める堅物のアナウンサーなどそれらしき軟弱な人が跋扈する世の中になった。

表現者は特に第一印象が大事なのだ。その第一印象を大きく変えるにはそれなりの理由がなければならない。(多くは金銭的という)一種薄弱な理由でその表現方法を変える人格が好きになれない。


アメリカでは、「日本国の総理」がトランプ大統領の庇護のもと安心して、発言している。
「われわれの圧力によって北朝鮮はやっと折れた。トランプ大統領にはしっかりと拉致の事をいってもらう」だって。
あなたが拉致問題を言わなくて誰が言うのだ。拉致を日本ではなくどこかの国の事件だと思っているのか言葉は軽い。
ネトウヨレベルの「あ」さんを相手に論戦を組まなければならない不幸、なってはいけない人が総理になった日本という国の不幸はどこまでも続く。

 しかし、市民の評価だけはかれも親を乗り越え祖父岸信介の地位に近づけたようだ、彼も本望だろう。
五十数年前に彼の祖父(岸信介首相)が多くの市民によって親しく声を大にして罵倒されたように「あ」さん(安倍晋三首相)も国会前の市民によって代表されるように市民から罵倒されている。

それにしても、村上春樹も気が付いているかどうか日本語の七五調はラップリズムによく乗る。
 往年の「アンポォフンサイ」が「コンナノウソダ」「アベッワ、ヤメッロ」「カンリョガンバレ」「サヨナラシンゾ」と変わって調子に乗れる。それこそ軽いノリで市民が躍る。

官僚二流、経済三流、検察四流、政治五流、倫理六流。
日本システムはすべからく失墜した。
東アジアでの地位も埋没し、それこそ外交では北朝鮮にさえ置いてきぼりにされた。それもこれも全部「あ」さんのおかげだ、

REMEMBER3.11