映画卒業の最後で主人公ベンジャミンは教会で結婚式を挙げている彼女の名「エレーン!」と叫んだ。
これは映画の話
中島みゆきにその「エレーン」という同名の歌がある。
発表は1980年「生きていてもいいですか」というLPに入っている。
そのエレーンの話

歌エレーンに強い衝撃を受けた。
買ってから久しく聴かなかったがこのところSNSで取り上げられていたので聴いた。
聴き込むうちますますその魅力にとりつかれる。
何百回も連続再生して聴いている。
調べると「エレーン」の歌詞は中島みゆきの体験に基づいて作られた。
中島みゆきの「女歌」という小説にその経緯が記述されている。
「時代」のヒットにより多少名前が売れていた当時の中島みゆきは北海道から東京に移り、東京での住居を探した。
その時の条件は四つ
近隣上下の住人達も不規則な仕事であること。夜中に楽器を鳴らし早朝にでかける住人は迷惑がられること必至だから。
深夜にタクシーがひろえる通り近くであること。
深夜営業のスーパーが近くにあること。
マンションの住人がタレントなどというものに興味を示さない人々であること
そんな条件にあう港区霞町(正しい地名は西麻布)のマンションに中島みゆきは住んだ。
同じマンションに偶然住んでいた外国人娼婦が誰かに殺された、という話。
外国人が多く住むマンションで暮らしていた中島みゆきは、ある夜酔っ払いに絡まれている外国人女性を助けた。
それがきっかけで、彼女と話をするようになる。
外国人女性の名は、ヘレンといった。
ヘレンはそそっかしい女だった。
ある朝例によって回収される時間ギリギリにゴミを出したヘレンはすぐにえらい勢いでマンションから駆け出し電柱の下のごみ集積所で今出したビニール袋をガサゴソ探っている。
靴も一緒に捨てたようだ。その時の彼女の姿は見事なドレスとは全くちぐはぐなおんぼろスリッパばきだった。
ヘレンは自称モデルだった。
マンション共同の洗濯室で見かけた先客の洗い物は口あんぐりになるような華やかで見るからに高価な下着、それは彼女のものだった。
あけっぱなしのクローゼットから見える洋服もベッドに放り出してある洋服も高級ファッション誌にあるような洒落たものばかり。
中島みゆきが歌につながる部分を女歌の中で下記のように書いている。
「そんなヘレンが珍しく沈んでいるように見えた。
いつものヘレンの顔は絵画のように血色良く表情豊かに化粧されていた。しかし目だけは化粧で囲われた彼女の目そのものだけはいつも何をも見ていないような檻の中の獣のような冷えた淋しい目をしている。
その夜にかぎってアイシャドウもはげおち青ざめた彼女の顔の中で別人のように強い生命力を滲み出させていた目が異様なまでに何かを問いかけてくるようで驚いた。
驚いて目をそらした。
大型乾燥機の中で彼女の少しばかりの下着たちがくるりと跳ね踊り続けていた。」
そんなヘレンが無残に殺された。
事件後に捜査官が「知っていますか」と尋ねてきた。
近年増加の傾向にあった外人娼婦のなかでもかなり有名だった一人で・・
死亡推定時刻四日前の午前2時から5時の間
身の回り品を一切持たず、顔面を殴りつぶされているため身元確認に時間がかかった。
「知らない。」「お客に尋ねれば」
捜査官「そのような人が答えてくれますかね?」
なんの手がかりもなく事件は迷宮入となった。
中島みゆきは7年後のコンサートでそのときを語ったあとに「エレーン」をうたった。
「引き出しの裏からなにかをみつける。
それはお前の生まれた国の金にかえたわずかなあぶく銭
その時 くちをきかぬおまえの淋しさが
突然私にも聞こえる」
エレーンの悲しみが中島みゆきに届いたのだ。
中島みゆきの歌作りはどのようなものだろうか・・
詩と曲
「どこにもお前を知っていたと口に出せない奴らが流す悪口」
「行く先もなしにお前がいつまでも灯かりの暖かに点ったにぎやかな窓をひとつずつのぞいてる」
編曲にはピアノ連打を入れその歌詞を際立たせる。
エレーンと叫ぶような下記部分の曲調はまるでシャンソン
「エレーン 生きていてもいいですかと誰も問いたい
エレーン その答えを誰もが知っているから誰も問えない」
中島みゆきの詩には副詞や形容詞が多用されるし、その繰り返しによってさらに情景が深まる。
「灯かりの暖かに点ったにぎやかな窓をひとつずつのぞいてる」
ここは下記のように「ひとつずつ」がなくとも合う。
「灯かりの暖かに点ったにぎやかな窓をのぞいてる」
また逆に正規の歌詞に少し補うことも可能だ
「安い生地のドレスが鞄にひとつと」
「安い生地のドレスが鞄の底にひとつと」
また下記の3行ではそれぞれ情感が全くことなる。
「今夜雨は冷たい」
「今夜の雨は冷たい」
「今日雨は冷たい」
そしてエレーンには今夜雨は冷たかったのだ。
いまから40年以上も前の歌。
なぜか現在の社会に一石を投ずる作品のように思えてならない。