第53代淳和天皇の陵「大原野西嶺上陵」に行った。
淳和天皇陵ルート

以前興味があって各内裏と全国の天皇陵を調べたことがある。
近代より前(江戸期以前)の天皇陵は下図位置にある。
赤い点(遠隔地のみ天皇名表示)

先日車で走っていてNAVIに淳和天皇陵が表示された。
その時車で近くまでいったところ、そこから先車の侵入禁止となっていた。
宮内庁のサイトに淳和天皇陵の最寄りの公共機関は阪急バス「南春日町」バス停下車徒歩7kmと記載があった。
山の上にある、一説によると最も到達が困難な天皇陵らしい。
そこに興味がわいた。
何のことはなさそうな位置にあるが、ここは小塩山という高さ642mの山頂にある。
地理院地図にも載っている。

南春日町バス停
下調べ通りにJR向日町駅前から阪急バスで南春日町バス停に向かう。
10時20分発の阪急バスに乗車。
駅で待っていると買い物らしい年配の女性数人以外に複数の登山者らしき数人も同じバスに乗った。
ひょっとして淳和天皇陵に向かうのか、と思った。
しかしハイキングらしく途中で下車した。
南春日町バス停から1時間ほどで山頂に着くらしいので下山後はちょっとビールでもとバスに揺られながらのんびり考えた。
*

南春日町バス停で下車(地図A地点)
10時40分
一人で山に向かって歩く。
まっすぐ進むとすぐに道標があった。(地図B地点)

右の道標に参陵道と書かれている。
淳和天皇陵への道なのだろう。
どの方向かは書いてないが立つ位置からは右かなとも思ったが、Webで調べたルートでは直線方向に進んでいたのでまっすぐに進んだ。
さらにさきへ進むと東海自然歩道の標識が見えてきた。(地図C地点)

左金蔵寺 右淳和天皇陵 と書いてあった。
やっとルート上であることが確かめられた。
ここを右に進む。
登山道

しばらくは舗装された道が続いた。

向日市街が眺められた。

分岐点(地図D地点)には標識があり左へ進む。

やがて雑木林の中へ入る。

行ったのはは梅雨真っ只中。二日前は酷い降りようだった。
しかし当日はやや雲が多いが雨の予報はなかった。
山に入ってもそう汗もかかず快適に進んだ。


獣除けの柵が現れた。鍵はかかっていないので通過後かんぬきもきちんと閉めなおす。(地図E地点)
尾根をどんどんと登った。

再び向日市街が見えた。
*
金蔵寺への道との分岐が現れた。(地図F地点)


標識には右方向淳和天皇陵1.8kmと書いてある。
そして南春日町へは1.7kmとある。
えーまだ半分来ていない・・
しかしここで50分ほど登ってきたことになる。

スマホの地図を見るともう天皇陵は目の前
きっと標識の数字がおかしいのだろうと思い先へ進む。

倒木が現れた。しかしこの倒木は何なくくぐれた。
ここから少し厄介な道になってきた。

道が先日の雨だろうか流されている。

小塩山の標識も朽ちていた。
9合目ほどのところで完全に道を見失った。
スマホで地図を確認するとすぐ横に管理道路が走っている。(地図G地点)

しかし登山道があるはずと思い探しながら進んだ。
結局すぐ横の嶺にでてしまったようだ。(地図H地点)
道のないところを山頂目指し登った。
数日前の雨で斜面ももろくすぐ落石となる。
斜面を登りやっとのことで管理道路までたどり着いた。
そこからは一カーブですぐに国土交通省の無線塔下に出た。
12時40分
結局南春日町バス停から2時間ほどかかった。

淳和天皇陵墓
無線塔の横が淳和天皇陵



最も険しい天皇陵へたどり着けた。
さすがにきれいに整備されていた。
再び無線塔まで戻り持参したおにぎりで昼食。
付近で熊が出たとのポスターもあったので早々に帰る。
下山ルート
下山ルートは山頂付近にあるNTTドコモのアンテナ横に南春日町バス停という標識があった。

地図はI地点
下の写真では赤丸印に南春日町バス停との標識がある。


ここからは小川のように抉れた山道が続いた。
川筋は連続して続くので、道としては分かりやすいがこの道は明らかに乾いた川床で落葉が重なり、ところどころで滑る。
時に管理道路をよこぎり道は続いた。
結局たどり着いたのは地図J地点
I地点からJ地点までの下山は1時間5分ほどだった。
途中ピンクの目印が何か所かあったが、川筋を下ったので下山道を外れたのかもしれない。
雨にも降られずに下山できた。

歩いて洛西高校を経由し桂のなじみの店でビールをと思ったが店は休業だった。
*
陵印
天皇陵には陵印というものがあり、陵墓管理事務所に置いてある。
(宮内庁の陵墓サイトに天皇陵ごとに置かれている管理事務所の説明がある)
淳和天皇陵の印は桃山陵墓監区事務所にあり後日貰ってきた。

「イヴァンよお前にやる花はない」プラハの花屋
REMEMBER3.11