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歴代天皇陵 遥かなる京都6

目次:後鳥羽天皇から後醍醐天皇

下記表の歴代天皇名をクリックするとその天皇の表が開きます。

82 後鳥羽天皇 83 土御門天皇 84 順德天皇
85 仲恭天皇 86 後堀河天皇 87 四條天皇
88 後嵯峨天皇 89 後深草天皇 90 亀山天皇
91 後宇多天皇 92 伏見天皇 93 後伏見天皇
94 後二條天皇 95 花園天皇 96 後醍醐天皇

1183年後鳥羽天皇から後醍醐天皇まで

調べてみると近世でも室町時代以降の天皇は、政治面において表舞台から退くと古文書での記事自体が少ない事情などからなのか、諸賢による研究の対象となることも少ないようだ。

そんな中この「皇居行幸年表」という資料は室町(後醍醐天皇)までの行幸を事細かく掲載している。

その皇居行幸年表によった皇居の期間を表にした。

比較しやすいように敢えて西暦年に変換している。

この時期は鎌倉時代から室町時代初期にあたる。

特に後醍醐天皇は鎌倉幕府の両統迭立(注)を壊すために、討幕運動を行った。そして敗れ吉野行宮に立てこもった。

この辺りのことが「太平記」に書かれている。

注 後嵯峨天皇の第3皇子後深草天皇の子孫である持明院統と、第4皇子亀山天皇の子孫である大覚寺統とのあいだで交互に天皇に即位した。

後鳥羽天皇 在位14年5月11日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
83代
後鳥羽天皇
閑院 1183/9/8 1184/8/12 11月5日 践祚
1184/1/3源義仲法住寺殿放火炎上
内裏 1184/8/12 1184/9/7 27日
後鳥羽天皇は三種の神器なしで践祚された。
閑院 1184/9/7 1185/5/28 8月22日
内裏 1185/5/28 1185/7/14 48日
閑院 1185/7/14 1185/8/19 37日
大炊御門殿 1185/8/19 1186/1/17 1年4月2日
閑院 1186/1/17 1186/12/20 11月4日
内裏 1186/12/20 1187/1/1 13日
閑院 1187/1/1 1187/9/15 8月15日
大炊御門殿 1187/9/15 1187/12/14 91日
閑院 1187/12/14 1190/2/6 2年1月24日
内裏 1190/2/6 1190/4/10 64日
閑院 1190/4/10 1195/12/22 5年8月13日
内裏 1195/12/22 1196/1/10 20日
閑院 1196/1/10 1196/4/23 3月14日
内裏 1196/4/23 1196/5/20 28日
閑院 1196/5/20 1196/12/15 6月26日
内裏 1196/12/15 1197/1/11 28日
閑院 1197/1/11 1197/4/5 85日
大炊御門殿 1197/4/5 1197/5/18 44日
閑院 1197/5/18 1198/2/16 8月30日
大炊御門殿 1198/2/16 1198/2/18 3日 退位
土御門天皇 在位12年9月25日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
84代
土御門天皇
閑院 1198/2/18 1198/3/29 40日 践祚
内裏 1198/3/29 1198/4/16 19日
閑院 1198/4/16 1198/11/17 7月2日
内裏 1198/11/17 1198/12/29 43日
閑院 1198/12/29 1205/3/3 6年2月3日
中院殿 1205/3/3 1205/4/23 52日
内裏 1205/4/23 1205/5/7 15日
中院殿 1205/5/7 1205/7/17 72日
大炊御門殿 1205/7/17 1205/10/12 88日
閑院 1205/10/12 1209/1/5 3年2月25日
閑院炎上 1209/1/5   居所焼亡
内裏 1209/1/5 1209/1/8 4日
大炊御門殿 1209/1/8 1209/1/30 23日
内裏 1209/1/30 1209/2/5 7日
大炊御門殿 1209/2/5 1209/8/12 6月8日
冷泉万里小路殿 1209/8/12 1209/12/8 3月27日
大炊御門殿 1209/12/8 1210/12/12 1年5日 退位
順徳天皇 在位10年5月2日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
85代
順徳天皇
押小路殿 1210/12/12 1211/1/6 26日 践祚
内裏 1211/1/6 1211/2/13 39日
大炊御門殿 1211/2/13 1211/11/25 9月13日
内裏 1211/11/25 1211/12/29 35日
三条烏丸殿 1211/12/29 1212/11/19 10月22日
内裏 1212/11/19 1212/12/25 37日
三条烏丸殿 1212/12/25 1213/3/20 86日
新造閑院 1213/3/20 1213/5/19 61日
高陽院 1213/5/19 1213/6/14 27日
閑院 1213/6/14 1213/9/11 90日
高陽院 1213/9/11 1213/10/31 51日
閑院 1213/10/31 1213/12/9 40日
高陽院 1213/12/9 1213/12/20 12日
閑院 1213/12/20 1213/12/23 4日
高陽院 1213/12/23 1214/1/6 15日
閑院 1214/1/6 1214/4/5 90日
高陽院 1214/4/5 1214/5/30 56日
閑院 1214/5/30 1221/5/9 6年11月10日
(内裏炎上) 1219/8/24 源頼茂により放火 無居住 内裏焼亡
15度目
大炊御門殿 1221/5/9 1221/5/13 5日 退位
仲恭天皇 在位2月17日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
86代
仲恭天皇
閑院 1221/5/13 1221/6/6 26日 践祚
高陽院 1221/6/6 1221/7/11 26日
閑院 1221/7/11 1221/7/29 29日
高陽院 1221/7/29 承久の乱で退位
後堀河天皇 在位11年3月20日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
85代
後堀河天皇
閑院 1221/7/29 1232/11/17 11年3月20日 践祚退位
(内裏)1227/6/8造営中炎上以後内裏廃絶
四条天皇 在位10年5月2日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
87代
四条天皇
閑院 1232/11/17 1237/7/24 4年8月8日 践祚
冷泉万里小路殿 1237/7/24 1238/2/26 7月3日
閑院 1238/2/26 1242/2/10 3年11月16日 崩御
1歳7月で践祚、10歳10月で崩御
後嵯峨天皇 在位3年11月27日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
88代
後嵯峨天皇
冷泉万里小路殿 1242/2/21 1242/5/4 73日 践祚
四条天皇の急な崩御で践祚が11日遅れた
内裏太政官 1242/5/4 1242/5/13 10日
冷泉万里小路殿 1242/5/13 1244/8/30 2年3月27日
閑院 1244/8/30 1246/2/9 1年5月11日
冷泉万里小路殿 1246/2/9 1246/2/16 8日 退位
後深草天皇 在位3年11月27日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
89代
後深草天皇
冷泉富小路殿 1246/2/16 1246/3/2 15日 践祚
閑院 1246/3/2 1249/3/16 3年15日 閑院
2度目
焼亡
閑院炎上 1249/3/16
冷泉富小路殿 1249/3/16 1249/12/20 9月5日
冷泉万里小路殿 1249/12/20 1249/12/29 10日
冷泉富小路殿 1249/12/29 1251/7/17 1年6月19日
新造閑院 1251/7/17 1259/6/14 7年10月29日 閑院
3度目
焼亡
閑院炎上 1259/6/14
押小路殿 1259/6/14 1259/6/20 7日
冷泉富小路殿 1259/6/20 1259/12/29 6月10日
冷泉万里小路殿 1259/12/29 1260/1/9 12日 退位
亀山天皇 在位14年1月26日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
90代
亀山天皇
冷泉富小路殿 1260/1/9 1261/1/3 11月26日 践祚
五条大宮殿 1261/1/3 1261/2/9 38日
冷泉富小路殿 1261/2/9 1262/3/3 23日
二条殿 1262/3/3 1265/6/21 3年3月19日
五条大宮殿 1265/6/21 1265/10/4 3月14日
冷泉万里小路殿 1265/10/4 1265/12/24 82日
五条大宮殿 1265/12/24 1266/3/1 68日
二条殿 1266/3/1 1266/11/30 9月
五条大宮殿 1266/11/30 1270/9/7 3年9月9日
五条大宮殿炎上 1270/9/7   居所焼亡
冷泉万里小路殿 1270/9/7 1270/9/23 17日
二条殿 1270/9/23 1273/5/6 2年7月14日
冷泉万里小路殿 1273/5/6 1273/11/30 6月25日
二条殿 1273/11/30 1274/3/5 96日
押小路殿 1274/3/5 1274/3/6 2日 退位
後宇多天皇 在位13年8月22日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
91代
後宇多天皇
二条殿 1274/3/6 1278/11/28 4年8月23日 践祚
二条殿炎上 1278/11/28   居所焼亡
冷泉富小路殿 1278/11/28 1278/12/22 25日
三条坊門殿 1278/12/22 1279/1/14 24日
冷泉富小路殿 1279/1/14 1283/2/4 4年22日
近衛殿 1283/2/4 1283/3/25 50日
冷泉富小路殿 1283/3/25 1283/11/10 7月17日
二条殿 1283/11/10 1287/11/27 4年18日 退位
伏見天皇 在位10年9月4日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
92代
伏見天皇
冷泉富小路殿 1287/11/27 1290/4/20 2年4月25日 践祚
春日殿 1290/4/20 1290/7/26 98日
冷泉富小路殿 1290/7/26 1297/5/10 6年9月15日
冷泉富小路殿炎上 1297/5/10   居所焼亡
土御門殿 1297/5/10 1297/5/20 11日
二条殿 1297/5/20 1298/8/30 1年3月11日 退位
後伏見天皇 在位2年6月1日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
93代
後伏見天皇
新造冷泉富小路殿 1298/8/30 1298/9/23 25日 践祚
二条富小路殿 1298/9/23 1299/12/20 1年2月28日
二条殿 1299/12/20 1299/12/29 10日
二条富小路殿 1299/12/29 1301/3/2 1年2月11日 退位
後二条天皇 在位7年6月9日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
94代
後二条天皇
二条殿 1301/3/2 1304/7/16 3年4月15日 践祚
冷泉富小路殿 1304/7/16 1305/8/1 1年17日
二条殿 1305/8/1 1308/9/10 3年1月10日 退位
花園天皇 在位9年6月19日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
95代
花園天皇
土御門殿 1308/9/11 1308/12/27 3月17日 践祚
二条富小路殿 1308/12/27 1317/5/30 8年5月4日
冷泉富小路殿 1317/5/30 1318/3/27 9月26日
土御門殿 1318/3/27 1318/3/29 3日 退位
後醍醐天皇 在位9年6月19日
天皇 皇居色別 平安宮内 備考
里内裏
皇居 開始 終了 期間
96代
後醍醐天皇

 

冷泉富小路殿 1318/3/29 1331/9/29 13年6月1日 践祚
笠置寺行宮 1331/9/29 1331/10/31 33日 京都府笠置町
宇治平等院 1331/10/31 1331/11/4 5日 宇治市
六波羅南方 1331/11/4 1332/4/28 5月25日
隠岐行宮 1332/4/28 1333/7/12 1年2月15日 島根県隠岐
兵庫福巌寺 1333/7/12 1333/7/17 6日
冷泉富小路殿 1333/7/17 1336/2/22 2年7月6日
冷泉富小路殿炎上 1336/2/22   居所焼亡
東坂本行宮 1336/2/22 1336/3/13 21日 大津日吉大社
成就護国院 1336/3/13 1336/7/6 3月24日 場所不明
南禅寺付近?
東坂本行宮 1336/7/6 1336/11/13 4月8日 大津日吉大社
花山院 1336/11/13 1337/1/23 2月11日
吉野行宮 1337/1中 1339/9/18 2年7月 奈良県吉野町

皇居行幸年表には後醍醐天皇まで書かれている。

後醍醐天皇以降の天皇

 戦国期乱世において、天皇はほとんど期待されていなかった。

天皇は軍事力を持たないために、戦局を動かすことも出来ず、結局は武家が武力を用いて解決していた

特に江戸時代に入ると、1651(慶安4)年4月15日の後光明天皇による朝覲行幸以後、1863(文久3年)4月28日の孝明天皇による上賀茂神社・下鴨神社行幸まで200年以上行幸は行われなかった(ただし、火災等による御所移動時の行幸は除く)

下表の院政欄にある数字が院政を執った年数(単純年数により計算)

朝廷財政逼迫の影響は、最も経費の必要な即位と退位に現れ、有力豪族からの借り入れで賄われ、それでも無理なら退位できないということもあった。

特に後土御門天皇の葬儀は財政逼迫という事情も大きくあり43日間執り行われなかった。

後醍醐天皇以降の天皇と院政
天皇 誕生 即位年 即位
年齢
退位 在位
年数
崩御 崩御
年齢
院政
96 後醍醐天皇 1288 1318 30   21 1339 51  
97 後村上天皇 1328 1339 11   29 1368 40  
北朝 光厳天皇 1313 1331 18 1333 2 1364 51 31
光明天皇 1322 1336 14 1348 12 1380 58 32
崇光天皇 1334 1348 14 1351 3 1398 64 47
98 長慶天皇 1343 1368 25 1383 15 1394 51 11
99 後龜山天皇 1350 1383 33 1392 9 1424 74 32
101 後小松天皇 1377 1382 5 1392 10 1433 56 41
100 稱光天皇 1401 1412 11   16 1428 27  
102 後花園天皇 1419 1428 9 1464 36 1471 52 7
103 後土御門天皇 1442 1464 22   36 1500 58  
104 後柏原天皇 1464 1500 36   26 1526 62  
105 後奈良天皇 1497 1526 29   31 1557 60  
106 正親町天皇 1517 1557 40 1586 29 1593 76 7
107 後陽成天皇 1571 1586 15 1611 25 1617 46 6
108 後水尾天皇 1596 1611 15 1629 18 1680 84 51
109 明正天皇 1624 1629 5 1643 14 1696 72 53
110 後光明天皇 1633 1643 10   11 1654 21  
111 後西天皇 1638 1655 17 1663 8 1685 47 22
112 靈元天皇 1654 1663 9 1687 24 1732 78 45
113 東山天皇 1675 1687 12 1709 22 1710 35 1
114 中御門天皇 1702 1709 7 1735 26 1737 35 2
115 櫻町天皇 1720 1735 15 1747 12 1750 30 3
116 桃園天皇 1741 1747 6   15 1762 21  
117 後櫻町天皇 1740 1762 22 1771 9 1813 73 42
118 後桃園天皇 1758 1771 13   8 1779 21  
119 光格天皇 1771 1780 9 1817 37 1840 69 23
120 仁孝天皇 1800 1817 17   29 1846 46  
121 孝明天皇 1831 1846 15   21 1867 36  

歴代天皇陵 遥かなる京都5 に戻る

探索の流儀

REMEMBER3.11

そして天皇陵はやはり近畿に集中して多い。

北朝としての天皇5代を合わせ127代(重祚した天皇2人)の天皇陵の内、

京都府には72、奈良県には31、大阪には16の天皇陵がある。

なかでも泉涌寺には天皇陵が16ある

泉涌寺には歴代天皇の内86代後堀河天皇から121代幕末の動乱に在位した孝明天皇までの内16代の天皇陵が泉涌寺境内にある。

泉涌寺天皇陵


















天皇 崩御 陵名
第86代天皇後堀河天皇 1234 観音寺陵
第87代天皇四条天皇 1242 月輪陵
第108代天皇後水尾天皇 1680
第109代天皇明正天皇 1696
第110代天皇後光明天皇 1654
第111代天皇後西天皇 1685
第112代天皇霊元天皇 1732
第113代天皇東山天皇 1710
第114代天皇中御門天皇 1737
第115代天皇桜町天皇 1750
第116代天皇桃園天皇 1762
第117代天皇後桜町天皇 1813
第118代天皇後桃園天皇 1779
第119代天皇光格天皇 1840 後月輪陵
第120代天皇仁孝天皇 1846
第121代天皇孝明天皇 1867 後月輪東山陵
泉涌寺にある天皇陵16

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月輪陵・後月輪陵14代の天皇陵と墓

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御所と泉涌寺

泉涌寺の月輪陵を見て、近くではなく近畿から遠方に築かれた天皇陵はどのような理由なのか少し気になった。

陵墓から望む遥か彼方の御所

天皇陵の中で京都御所から一番離れた陵は山口県下関市阿弥陀寺町赤間神宮にある安徳天皇陵で、京都御所からの直線距離は459kmほどになる。

次が東京都八王子市長房町の多摩陵(大正天皇陵)武蔵野陵(昭和天皇陵)で京都御所から327kmほど、そして皇居からは44kmほどとなる。

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安徳天皇は源平の合戦、壇ノ浦の戦いで亡くなっているのでその壇ノ浦近く、下関市赤間神宮にある。

大正天皇と昭和天皇は近代になってからの陵墓で東京にある。

その次三番目に遠い陵となるとちょっと脳裡に思い浮かばない。

調べると香川県にある崇徳天皇陵だった。

崇徳天皇は保元の乱で後白河天皇方に敗れ讃岐へ流された。

保元の乱1156(保元元)年7月に皇位継承問題や摂関家の内紛により、朝廷が後白河天皇方と崇徳上皇方に分かれ、双方の衝突に至った政変である。
崇徳上皇方が敗北し、上皇は讃岐に配流された。
この朝廷の内部抗争の解決に武士の力を借りたため、武士の存在感が増し、後の約7700年に渡る武家政権へ繋がるきっかけの一つとなった。wikiより

上皇の配流は、藤原仲麻呂の乱における淳仁天皇の淡路国配流以来、およそ400年ぶりの出来事だった。
そしてその後、二度と京の地を踏むことはなく、8年後の1164(長寛2)年8月26日、46歳で崩御した。

配流された崇徳天皇『保元物語』によると、崇徳院は讃岐国での軟禁生活の中で仏教に深く傾倒して極楽往生を願い、 五部大乗経(『法華経』『華厳経』『涅槃経』『大集経』『大品般若経』)の写本作りに専念した。
それら諸本は、血や墨で書いた。諸本によって違いがある。
戦死者の供養と反省の証にと、完成した五つの写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出したところ、 後白河院は「呪詛が込められているのではないか」と疑ってこれを拒否し、写本を送り返してきた。
 これに激しく怒った崇徳院は、舌を噛み切って写本に「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」 「この経を魔道に回向(えこう)す」と血で書き込んだ。
そして崩御するまで爪や髪を伸ばし続けて夜叉のような姿となった。wikiより

その陵は香川県にあり、京都御所から直線距離で185kmほどになる。

1156保元の乱
各天皇数字は生年・即位(・退位・院政)崩御の順
後三条
天皇
白河
天皇
堀河
天皇
鳥羽
天皇
崇徳
天皇
近衛
天皇
後白河
天皇
二条
天皇
六条
天皇
1034                
  1053              
34歳
1068
               
39歳
1073
20歳
1073
             
    1079            
  34歳
1087
8歳
1087
           
  院政   1103          
  28歳
1107
4歳
1107
         
      1119        
    20歳
1123
4歳
1123
       
    院政     1127    
  1129            
        1139      
      23歳
1142
3歳
1142
  1143  
      院政 16歳
1155
28歳
1155
   
     

53歳

1156

配流   31歳
1158
15歳
1158
 
        45歳
1164
  院政   1164
            22歳
1165
1歳
1165
              4歳
1168
            65歳
1192
  院政
12歳
1176

 

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185kmの距離がどれほど遠い感覚がしたのだろう。

身近な陵墓

ならば京都御所に一番近い陵墓はどこか?

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後二条天皇陵は御所から2km(2094m)と最も近くにある。歩いても30分ほどでたどり着ける。

その後二条天皇の時代は史上最多5代の上皇が存在した。

後二条天皇の時代
各天皇数字は生年・即位(・退位・院政)崩御の順
後深草
天皇
亀山
天皇
後宇多
天皇
伏見
天皇
後伏見
天皇
後二条
天皇
1243          

3歳

1246

         
  1249        

17歳

1260

11歳

1260

       
院政     1265    
  1267      
24歳
1274
7歳
1274
     
院政       1285
20歳
1287
22歳
1287
   
院政   1288  
33歳
1298
10歳
1298
 
院政 13歳
1301
16歳
1301
61歳
1304
院政  
  56歳
1305
    23歳
1308
    52歳
1317
 
    57歳
1324
   
        48歳
1336
 

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