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空海 6章 大使福州の観察使に與るがための書

為大使與福州観察使書
(大使福州の観察使に與るがための書)

 

賀能啓。高山澹黙禽獣不告労。而投帰深水不言魚龍不憚倦。而逐赴
賀能啓す。高山澹黙なれども、禽獣労を告げずして投り帰く、
深水言はざれども、魚龍倦むことを憚らずして逐ひ赴く。

故能。西羌梯瞼。貢垂衣君。南裔航深。獻刑厝帝。
故に能く西羌、険しきに梯して垂衣の君に貢す
南裔、深きに航して刑厝の帝に献ず。

誠是。明知艱難之亡身。然猶。忘命徳化之遠及者也 
誠に是れ明かに艱難の身を亡すことを知れども、
然れども猶命を徳化の遠く及ぶに忘るる者なり。

伏惟。大唐聖朝。霜露攸均。皇王宜宅。
伏して惟みれば大唐の聖朝、霜露の均しき攸、皇王宜しく宅とすべし。

明王継武。聖帝重興。掩頓九野。牢籠八紘。
明王武を継ぎ、聖帝重ねて興る。九野を掩頓して、八紘を牢籠す。

是以。我日本國。常見風雨和順。定知。中國有聖
是を以て我が日本国、常に風雨の和順なるを見て定むで知りぬ、中国に聖有すことを。

刳巨楡於蒼嶺。摘皇花於丹墀。執蓬莱琛。獻崑岳玉。
巨棆を蒼嶺に刳めて、皇華を丹墀に摘む。蓬莱の琛を執り、崑岳の玉を献ず。

起昔迄今。相續不絶。故今。我國主。顧先祖之貽謀。慕今帝之徳化。
昔より起て今に迄るまで、相続ひで絶えず。
故に今、我が国主、先祖の貽謀を顧みて今帝の徳化を慕ふ。

謹差太政官。右大辨。正三品。兼行。越前國大守。藤原朝臣賀能等。
謹んで太政官右大弁正三品兼行越前国の太守、藤原朝臣賀能等を差して、

充使。奉献國信別貢等物。
使に充てて国信別貢等の物を奉献す。

賀能等。忘身。銜命。冒死。入海。既辞本涯。比及中途。暴雨穿帆。戕風折柁
賀能等、身を忘れて命を銜み、死を冒して海に入る。
既に本涯を辞して、中途に及ぶ比に、暴雨帆を穿って、戕風柁を折る。

高波沃漢。短舟裔々。凱風朝扇。摧耽羅之狼心。北気夕發。失贍求之虎性。
高波漢に沃いで、短舟裔々たり。
凱風朝に扇いで、肝を耽羅の狼心に摧く。
北気夕に発れば、贍を留求の虎性に失ふ。

頻蹙猛風。待葬鼈口。攢眉驚汰。占宅鯨腹。
猛風に頻蹙して、鼈口に葬らしむを待つ。驚汰に攅眉して、宅を鯨腹に占む。

隨浪昇沈。任風南北。但見天水之碧色。豈覗山谷之白霧。
浪に随て昇沈し、風に任せて南北す。
但だ天水の碧色のみを見る。豈山谷の白霧を視んや。

掣々波上。二月有餘。水盡人疲。海長陸遠。飛虚脱翼。泳水煞鰭。
波上に掣々として、二月有余。水尽き人疲れ、海長く陸遠し。

飛虚脱翼。泳水煞鰭。何足為喩哉。
虚を飛ぶに翼脱け、水を泳ぐに鰭殺れたるも、何ぞ喩と為るに足らむ哉。

僅八月初日。乍見雲峯。欣悦罔極。
僅かに八月の初日、乍ちに雲峯を見て欣悦極り罔し。

過赤子之得母。越旱苗之遇霖。
赤子の母を得たるに過ぎ、早苗の霖に遇へるに越えたり。

賀能等。萬冒死波。再見生日
賀能等万たび死波を冒して、再び生日を見る。

是則。聖徳之所致也。非我力之所能也。
是れ則ち聖徳の致す所にして、我が力の能ふる所に非ず。

又大唐之遇日本也。雖云。八狄雲會。膝歩高毫。七戎霧合。稽顙魏闕。
而於我國使也。殊私曲成。待以上客。
又大唐の日本に遇すること、八狄雲のごとくに会ひて高台に膝歩し、
七戎霧のごとくに合ひて魏闕に稽顙すと云ふと雖も、而も我が国の使に於ては、
殊私曲げ成して待するに上客を以てす。

面對龍顔。自承鸞綸。佳間榮寵。已過望外。與夫璅々諸蕃。豈同日而可論乎。
面りに龍顔に対ひて自ら鸞綸を承る。佳問栄寵已に望の外に過ぎたり。
夫の璅々たる諸蕃と豈に同日にして論ずべけんや。

又竹符銅契。本備姧詐。世淳人質。文契何用。是故。我國淳穙已降。常事好隣。
又竹符銅契は本姧詐に備ふ。世淳く、人質なるとき文契何ぞ用いむ。
是の故に我が国淳樸より已降、常に好隣を事とす。

所献信物。不用印書。所遣使人。無有姧偽。
献ずる所の信物、印書を用いず。遣する所の使人、姧偽有ること無し。

相襲其風。干今無盡。
其の風を相襲いで今に盡くること無し。

加以。使乎之人。必擇腹心。任以腹心。何更用契。
加以ず使乎の人の必ず腹心を択ぶ。任ずるに腹心を以てすれば、何ぞ更に契を用いむや。

載籍所傅。東方有國。其人懇直。禮義之郷。君子之國。蓋為此歟。
載籍の伝ふる所、東方に国有り、其の人懇直にして礼義の郷、
君子の国といふは蓋し此が為か。

然今。州使責以文書。疑彼腹心。
然るに今、州使責むるに文書を以いて、彼の腹心を疑ふ。

撿括船上。計數公私。斯乃。理合法令。事得道理。官吏之道。實是可然。
船の上を撿括して公私を計へ数ふ。斯れ乃ち、理、法令に合ひ、事、道理を得たり。官吏の道、実に是れ然るべし。

雖然。遠人乍到。觸途。多憂。海中之愁。猶委胸臆。徳酒之味。未飽心腹。率然禁制。手足無暦。
然りと雖も遠人乍ちに到て途に触れて憂多し。海中の愁猶胸臆に委る。徳酒の味未だ心腹に飽かず。率然たる禁制、手足厝きどころ無し。

又建中以往。入朝使船。直着楊蘇。無漂蕩之苦。州縣諸司。慰勞慇懃。左右任使。不撿船物。
又建中以往の入朝使の船は、直に楊蘇に着ひて漂蕩の苦しみ無し。
州県の諸司、慰労すること慇懃なり。左右、使に任せて船の物を撿へず。

今則。事與昔與。遇將望疎。底下愚人。竊懐驚恨。
今は則ち事、昔と異なり、遇すること望と疎そかなり。底下の愚人、竊に驚恨を懐く。

伏願。垂柔遠之惠。顧好隣之義従其習俗。不怪常風。
伏して願はくは遠きを柔くる恵を垂れ、隣を好する義を顧みて、
其の習俗を縦にして常の風を怪まざれ。

然則。涓々百鸞與流水。而朝宗舜海喁々萬服将葵藿。以引領堯日
然れば則ち涓々たる百蛮、流水と與にして舜海に朝宗し、
喁々たる万服、葵藿と将にして以て堯日に引領せん。

順風之人。甘心輻湊。逐腥之蟻。悦意駢羅。今不任常習之小願。奉啓。不宜。謹啓。
風に順ふ人甘心して輻湊し、腥きを逐ふ蟻は意に悦して駢羅たらむ。
今、常習の小願に任へす。奉啓不宣。謹んで言す。

識者の解説によると上記の赤色青色部分が対句になっているとのこと。もちろんこれは漢文である。しかしただの漢文ではない。駢儷文ともいわれる。
四字句・六字句を基調とする
対句を多用する
美辞麗句の使用
古典字句の引用
リズム感を重視(平音と仄音のバランス)
これはそれまでの空海の著作(三教指帰)に比して対句の数が少なく、かつ多字句でない。
この文章は急きょ依頼されてその場で空で書いたのではないか。そのため対句が少ない文章になっている。このあたりがいかに超人空海であっても人間味あふれる所以だと感じる。
下記は空海の風信帖冒頭部分であるが、このような筆さばきで上記福州の観察使に與るがための書が認められた。これを読んで(観て)観察処置使 閻済美が驚いた。長安の翰林学士でもこれほどの文章を書けるとは思えず、それを漂着し潮たれた異民族の一人がかいたのである。その驚きようは察するに余りある。

翰林学士(かんりんがくし)とは - コトバンク

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