ことばのかわりに、見知らぬ他人とボールをかわす。
そして確実にそれを受けとめてから、
また相手に投げ返してやる。
そのキャッチボールの反復の中で、次第に人間相互の信頼といったものが、
生まれてくる。
ことばになら裏切られるかもしれないが、
ボールになら裏切られる心配はない。
*
私は夕焼の空に無数に交錯するキャッチボールを見た。
それは、どんなに素晴らしい会話よりももっともっと雄弁に見えたし、
どんなに長い握手よりも、
もっともっと手をしびれさせたものであった。
*
「二人のさびしい男がいた。これがピッチャーとキャッチャーだ。
二人は唖でものが言えなかったので、
仕方なしにボールで相手の気持ちをたしかめあったのだ。
二人の気持ちがしっくりいったときに、ボールは真直ぐにとどいた。
二人の気持ちがちぐはぐなときにはボールはわきに逸れた。
ところがこの二人に嫉妬する男があらわれた。
彼は何とかして二人の関係をこわしてやりたいと思った。
そこでバットを持って二人のそばに寄ってきて、
いきなりボールを二人の外へはじきとばしてしまったのだ。
バッターの役割というのは、
まあ、そんなところだね」
とナベさんは眉をひそめて言った。
-寺山修司「野球の時代は終わった」-