紙つぶて 細く永く

「イヴァンよお前にやる花はない」プラハの花屋

戦後民主主義の欺瞞1

全共闘を担った世代は戦争を体験した世代から、平和と民主主義のの大切さを、体験に根ざした切実さをもって教えられてきた。
ところが中学生や高校生になってみると、そうした理念はどこへやら、
受験勉強ばかりが激しくなっていきました。
60年代半ばの調査では、年に320回もテストをやっていた中学校もあったそうです。

Dsc_0099 こんなのはうそじゃないかという意識が芽生えます。
受験戦争というのは他人を蹴落とすことではないか。
教師や大人は平和と民主主義は大切だといいながら、どうして「受験戦争」を自分たちに強いるのか。
うそばっかりだ。
大学にはいるまでの我慢と思って受験戦争を勝ち抜いてきた。
ところが大学に入ったら真理の追究どころか、たくさん学生をとって、いい加減な講義を聞かせて、授業料の値上げをする。
そして卒業したら、サラリーマンという企業の歯車として社会に送り出すだけ。
これでは資本主義の予備校ではないか。
また日本は、憲法9条を持つ平和の国だと教えられてきたのに、アメリカに協力してベトナム戦争でもうけている。
こうなると年長者を批判して、反抗という機運が出てきます。
最近の若者は苦労をしらない、たるんでいる、と説教する年長者に、「あなたたちはうそつきだ」とやりかえしたい。
こうした「反抗」はたいてい若者が勝ちます。
時代の流れでもあるし、そのほうが楽だからです。
社会が上昇移動しているときは、若者の反抗は勝ちやすい。
下降移動しているときは、「きちんと就職しなさい」と説教する親に、「私はフリーターになる」といって反抗するのはなかなか大変です。

もっともこうした「うそ」批判の感情の根底には、
こういう現実に抗議して大学にバリケードを築き、ベトナム反戦を叫んでいる
自分自身が卒業したらサラリーマンになるしかないと本当は思っているというのがいちばん耐えられない「うそ」だったかもしれない。
自己否定という言葉が広まったのもそうした背景があったと思われます。
-「社会を変えるには」 小熊英二 から抜粋-