紙つぶて 細く永く

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セキュリティという名の「監獄」

近来いわゆる研究室単位で仕切られた部屋でなく、大人数で共同研究する
オープンスペースを備えた「開かれたラボ」が「流行」という。
最近仕事で最新鋭の開かれた研究所へ行く機会があった。
総5階建ての立派な建物で、入り口の自動ドアに世界的なラボ名称が描かれている。
中に入ると、横15m奥行40mほどの空間があり右手前にに談笑コーナー、
その横にエレベーター室(ここへの立ち入りには事務室で仮発行される
専用のセキュリティカードが必要)
その奥には、鍵のかかる会議室、反対の左側側面の奥が事務室となっている。
インフォメーションという小さな文字で書かれた事務室の小窓が案内所である。
あまりに小さい小窓を開けると多人数の事務室があり、随時手のあいた職員が
応対に小窓の付近へやってくる。
用件を告げると許可がおり、上記セキュリティカードが発行される。
談笑コーナーに4人用簡易応接テーブルと上記空間の奥にベンチ椅子が並べられている。
この空間は殺風景で独りでいるとぽつんと佇むという気分になる。
外部から来るものは不審者(かもしれない)という判断でこの
段階では大事な来訪者という扱いはゼロである。
先端科学の分野特に医学の分野では研究室というのは人間存在に関わる研究を
行うところである。
ところが先端の研究になれば情報漏れへの配慮から機密性が要求され、
キュリティーが厳しくなる。
その思想が建築家に伝わり設計が行われるのであるが、能力の不足する建築家
にかかるとその研究室としてあるべき姿=人間存在への取り組みからほど遠い設計
になってしまうという典型的な例である。
エレベーター室に入るときにはセキュリティカードを使ってドアを開ける。
4階へ行きエレベーター室からオープンラボに入るときに再度セキュリティーカードをかざす。
中は、それこそオープンでいろんな研究者が交じり合って研究を進めている。
まさに自由な=オープンな研究が行われている。それとの対比で上記排除の
スペースの余りに無機質な空間はつい、人間性の排除を連想する。
(不審者となる可能性がある)外部から来る人としての活動を極力制限する、
つまり監獄同然となっているのである。
セキュリティーに重きを置きすぎると人間の排除という結果になってしまう。
そして無機質で温かみのない建物が増殖する。能力のない建築家には困ったもんだ。
特にそれを許す環境にも困ったものだ。