紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は旧Blog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

ある公立高等学校の変遷1 1949年の高校通学区

母校の同窓会が開かれることになりその歴史を調べようと思った。
しかし調べ始めると、京都というところは教育史的に見て日本全国でも大いなる存在となっていることが改めて分かった。(一部新しく判明しところ修正)
特に小学区制・総合制・男女教学という「高校三原則」を巡っては教育学的にも大変研究されているのだが、その評価を巡っては様々な意見がある。多くの府県が賛同し取り入れたが、結果巧く機能しないところが多く最後まで京都に残った。

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「公立高校入学者選抜政策の比較分析」より

そして行政文書を紐解くと、かねてから一般に解釈されている、京都府教育委員会は蜷川府政による「西の文部省」という評価が一面的には決めつけられないという気がしてきた。
それでも京都では先進的に高校通学区の「小学区制」が長い間堅持されてきた。
これはその小学区制を起点にして、進学との関係からながめてみる京都の公立高校の歴史的な流れである。

1945年の敗戦を受けて旧制中学校が廃止され、新制高等学校が発足した。

京都府では高校の正式名称は全部高校ではなく「高等学校」となる。しかし以下では略して「高校」とする。

1948(昭和23)年に下記学校が廃止された。

京都府告示第三百一号左の中学校は昭和23年3月31日限り廃止した。 
昭和23年5月7日 京都府知事 木村 淳

同時に下記学校が新設された。

京都府告示第二百九十九号京都府立高等学校を昭和23年4月1日左の通り設置した。 
昭和23年5月7日 京都府知事 木村 淳
    京都府立鴨沂高等学校 旧校名京都府立第一高等女学校・同嵯峨野高等女学校

その後1949年までの1年ほどの間相当な混乱がおき、各校の分割あるいは統合や学校移転が行われた後に、1949(昭和24)年3月に京都府教育委員会から次のような文書が発表された。

新制高等学校入学希望者取扱について 新制高等学校入学希望者取扱方針
  1. 一般の新制中学から新制高等学校への入学を希望するものについては調査した数に基いて、そのなるべく多くを収容できるよう充分の意を用いる。
  2. 志望者が収容可能数を超える場合には入学者の選抜を行う。
  3. 学力検査、その他選抜の実施に必要な事項は管理委員会において研究審議された結果に基づいて実施する
  4. 定時制課程については、志望者の就職期を待って、全日制に準じて四月実施するが、アチーブメントテストは、この際、受けておくことが望ましい。
新制高等学校入学者選抜要領
  1. 新制高等学校においては選抜のための如何なる検査をも行わず、新制中学校よりの報告書に基づいて選抜する。
  2. 新制中学よりの報告書には次の事項を含む。
    • イ、知能検査の結果、当該学校で行った得点(M・A・I・Q)を記入し実施されていない場合は記入不要
      ロ、公立新制高等学校併設中学校卒業者以外の志望者に対して前記要領によって一斉に実施した結果を記入する。但し特別の事情によって右の検査を受けなかった者は記入を必要としない。
      ハ、教科学習成績 最終学年中に得た総合成績を記入する。但し旧制度による教科過程の修了者については出身学校長の成績証明書をもってこれにかえる。
      ニ、個人的社会的の性格態度発達記録 2月23日公報四教委第363号参照の上個人的社会的(公民的)行動資質の評定尺度に従って記入する。
      ホ、職業的見地よりする性格態度の発達記録 別記評定尺度に従って記入する。
      ヘ、生徒の志望する学科
      ト、身体の発達記録
  3. 学力検査(アチーブメンテスト)は志望者の構成的総合的能力 批判力及思考力を検査できるものを含めて国語社会数学理科の四教科のみにて行う
  4. 報告書の作成に当たっては特に厳正公平に行われなければならない。
  5. 新制中学に於ける進学指導並びに報告書作成にあたっては校内に委員会を構成しその適正を期せられることが望ましい。
  6. 報告書に基づく選抜にあたっては二のロと二のハとは同等の割合で扱いこれに二のニと二のホを合わせ審査することとし二のトについては修学不可能と認められるものを除くほか等差をつける資料としない。
  7. 選抜にあたっては志望者の家庭状況を考慮に入れてはならない。
  8. 新制中学卒業者及びこれと同等以上の学歴ある志望者で特別の事情によって学力検査(アチーブメンテスト)を受けなかった者も出身学校長の報告に基づいて一般の新制中学と同時に選抜する。 但し公立新制高等学校併設中学校卒業者は選抜の対象としない。
  9. 出身学校長は本人の提出する入学願書に報告書を添えて通学区域別に当該新制高等学校長宛に提出する。(入学料については追って通帳する)
  10. 報告書提出期日は自3月25日至3月30日とする。
  11. 報告書の処理入学者の選抜については管理委員会の審議及教育委員会の指示に基づいて当該高等学校において行う。
  12. 入学者の決定は4月10日各高等学校において公示する。
学力検査(アチーブメンテスト)実施要項
  1. 昭和24年度公立五高等学校第一学年に入学を希望する者(公立新制高等学校併設中学校卒業生を除く)に対して新制中学校から提出する報告の一資料として京都府下一斉に実施する。
  2. この学力検査は次の様に実施する。
  3. 学力検査日程
    • イ、受験受付 自3月1日至3月7日
      ロ、検査期日 自3月13日午前9時半
      ハ、検査の結果の出身校宛通知 3月20日までに到着する様処置する。
  4. 出願手続
    • 学力検査受験志願者はさきの1、2の項によってその所属する地方の最寄り高校に学力検査料五拾円を添えて出身学校を通じて手続をする。但し、引揚者及出身学校を通じる事のできない者については受験場高校が出身学校の事務を代行する。
  5. 検査当日必ず持参すべき物品
    • イ、受験番号票 ロ、鉛筆(万年筆は使用しない)消しゴム、ナイフ、上草履
  6. この検査は入学試験でないことを充分生徒に諒解せしめ正常な態度で充分能力を発揮させる様指導されたい。


上記文章では、京都市内については、西京高等学校と鴨沂高等学校が検査会場となっている。
 1949年当時京都市区域の高等学校は、鴨沂高校山城高校・朱雀高校・桃山高校・堀川高校西京高校・日吉ヶ丘高校・洛陽高校・伏見高校・桂高校の10校となっていた。また(このころにはこの10校に普通科が置かれていた)その普通科通学区は小学区制(居住地から通える公立高校は1校)でそのエリアは以下の図になる。

1948年4月に現在の左京区久多・花脊・大原・鞍馬地区等が京都市に編入された。間に合わなかったのか通学区にこれらの地区は掲載されていない。また右京区北部(旧京北町)は2005年の編入となる。

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各校通学区を拡大すると。

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1949(昭和24)年度鴨沂高校(住所:上京区寺町荒神口下ル鴨沂高校通学区


主なエリアは現在の左京区南部と上京区の春日校区、北区上賀茂校区

1949年度山城高校(住所:右京区花園馬代町)の通学区

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1949(昭和24)年山城高校通学区


主なエリアは北区全般と右京区御室、宇多野、飛地は水尾地区

1949年度西京高校(住所:中京区西ノ京中合町)の通学区

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1949(昭和24)年西京高校通学区

主な地区は現在の右京区西京区桂・川岡地区

1949年度朱雀高校(住所:中京区西ノ京式部町)の通学区

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1949(昭和24)年朱雀高校通学区

主なエリアは上京区と北区一部、中京区の一部

1949年度堀川高校(住所:中京区堀川錦小路上ル)の通学区

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1949(昭和24)年堀川高校通学区

主なエリアは中京区から下京区

1949年度日吉ヶ丘高校(住所:東山区今熊野日吉町)の通学区

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1949(昭和24)年日吉ヶ丘高校通学区

主なエリアは現在の東山区山科区全般

1949年度洛陽高校(住所:下京区唐橋大宮尻町)の通学区

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1949(昭和24)年洛陽高校通学区

主なエリアは下京区から南区全般

1949年度桂高校(住所:右京区川嶋三重町)の通学区

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1949(昭和24)年桂高校通学区


主なエリアは現在の西京区南部

1949年度伏見高校(住所:伏見区深草鈴塚町)の通学区

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1949(昭和24)年伏見高校通学区


主なエリアは下京区南東部、南区一部から伏見区北部にかけて

1949年度桃山高校(住所:伏見区桃山町毛利長門城南高校の通学区

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1949(昭和24)年桃山高校通学区城南高校通学区


主なエリアは伏見区全般 旧久世郡となる一部(緑色)は城南高等学校通学区
羽束師(村)久我(村)1950(昭和25)年編入、淀(町)1957(昭和32)年編入、この区域は編入されるまで京都市外で城南高校が通学区。
注)現時点で1949年度醍醐地区の通学区は不明(近くであれば桃山高校か日吉ヶ丘高校)


また京都府下についても下記通学区が決められていた。

高等学校通学区 城南高等学校 宇治郡、久世郡、綴喜郡
津高等学校 相楽郡
亀岡高等学校 南桑田郡
北桑田高等学校 北桑田郡
園部高等学校 船井郡、東梅本村、西梅本村、八木町、吉富村、富本村、新庄村、
麻気村、園部町、川辺村、世木村、五ケ荘村、胡麻郷村
須知高等学校 船井郡の中、園部学区以外
綾部高等学校 河鹿郡
福知山高等学校 福知山市天田郡
河守高等学校 加佐郡(由良村、神崎村、八雲村、岡田下村を除く地区)
西舞鶴高等学校 舞鶴市(西舞鶴)、加佐郡(由良村、神崎村、八雲村、岡田下村)
舞鶴高等学校 舞鶴市(西舞鶴以外の地区)
宮津高等学校 与謝郡
峰山高等学校 中郡
網野高等学校 竹野郡
久美浜高等学校 熊野郡

参考資料:「京都府教育史」

出典:政府統計の総合窓口(e-Stat)(http://www.e-stat.go.jp/

ある公立高等学校の変遷2に進む 1950-52年の高校通学区 - 紙つぶて 細く永く

 

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