紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は旧Blog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

現在の我が国には

文書はあった。つまり嘘をついていた。

なぜ嘘をつく必要があったかを考えてみる。

結果の誘導を行っていないのなら、たとえ文書が存在し公表されても問題ではないと考える。

公開された場合、その文書の信ぴょう性を明らかにするよう働きかければいいのだ。

しかし結果の誘導を行った事実が明らかなら、文書が公開されるとまずい。

信ぴょう性を疑っても事実を告げる文書なのだから覆すことは難しい。

つまり誘導を行った場合以外には文書の存在を否定する前提はない。

それよりもなによりもこんなに明白に堂々と嘘をつき続ける行政をもったことが悲しい。

行政を預かるということは本来何よりも崇高な精神がなければならない。

公務員はこのように後ろ指をさされる職業ではないはずだ。

楽美術館に行ってきました。

一子相伝とは伝えないこと樂家では、代々が原料の粘土を採取し、それを寝かせて3代後に使うことになっている。当主が使っている粘土は、明治期に活躍した12代吉左衛門が採取した土である。釉薬の原料も、代々が採取して次代に譲る。窯も父祖代々が使ってきたものを使う。その他の道具も、代々が作り後代に伝えていく。 つまり、必要なものはすべて譲られる。「樂焼とは何か」ということについては、使い手という立場で自然に学ばされる。幼時から、日々の生活で樂家代々の作品を使わせるのである。ただし、茶碗の作り方に関しては何一つとして教えられない。作り方はもちろん、釉薬の調合すら教えてはもらえない。そればかりは代々が、「樂家の後継者」という、とてつもない重荷に耐えながら、自ら模索し発見するしかないのである。「一子相伝とは伝えないことなのです」と吉左衛門さんはいう。

伝えないことの大切さ - 日経テクノロジーオンライン

450年にわたる辛苦の歴史 

樂焼 RAKU WARE|樂美術館 - 樂家に伝来する樂歴代作品と茶道工芸美術・樂家文書資料
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同時掲載になったがなんの対比だろうね。

 

 

REMEMBER3.11

不断の努力「民主主義を守れ」