紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は元のBlog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

タワーマンション司法

映画「黄金のアデーレ 名画の帰還」

クリムトの「黄金のアデーレ」の経緯を描いた。実話に基づく。
主演は名優ヘレン・ミレン、相手役にライアン・レイノルズ

誰でも一度は目にしたことはあるだろう名画「黄金のアデーレ」は、当時ウィーンの銀行家で実業家のフェルディナント・ブロッホ=バウアーの依頼により、妻アデーレをモデルにクリムトによって描かれた。

1907年に完成されたこの絵は当初もちろんブロッホ=バウアーの居宅に飾られていたのだが、第二次世界大戦ナチスに没収され戦後ナチスが敗れたあとは、オーストリアのベルベデール美術館で展示されていた。

ェルディナント・ブロッホ=バウアーから遺産によりこの絵を相続したのがヘレン・ミレン演ずる「マリア・アルトマン」
ユダヤ人であった彼女は戦争中にオーストリアから脱出しアメリカに移住する。そして姉の死により、その意志をついでアデーレを取り戻すという決意をする。
友人の息子に駆け出し弁護士「ランドル・シェーンベルク」(ライアン・レイノルズ)がいたので、彼にその訴訟の依頼をする。この駆け出し弁護士は実際にあの音楽家シェーンベルクの孫だとか。

イギリス出身ヘレン・ミレンのクイーンズイングリッシュが異国(?)情緒たっぷりで映画の筋自体の欧米対比がよく出ている。

映画の楽しみはこちらでどうぞ 

luckynow.pics

1998年にオーストリアが美術品返還法を定めて、返還請求が可能になったことがきっかけでマリアは絵画を取り戻そうとする。しかしオーストリアでは対象となる価値により裁判を起こす際の保証金がことなりこの絵画の場合、巨額な金額でマリアたちは一旦あきらめる。

そんな中弁護士シェーンベルクがアメリカで裁判を起こすことができる三条件を見つけるのです。三条件とは、国際法に背く行為、物品が政府機関にある、その組織が合州国内で商業的な活動をしている(ベルベデール美術館はその書籍を合衆国で販売していた)。この三条件です。


アメリカで訴訟手続というものは、アメリカの法と司法を広く世界の紛争に及ぼそうというアメリカらしい発想(注1)で、その法と先例の元で、一定の要件(国際法に背く行為、国家の所有物である、その組織がアメリカで商業的活動を行っている)があれば、アメリカでの裁判が可能になるという。

(注1)以下のサイトにプロによるあたりのことが詳しく記載されている。

黄金のアデーレ 名画の帰還:映画 | 庶民の弁護士 伊東良徳


ランディが裁判を提起し、オーストリア政府代理人が、アメリカには管轄権(注2)がないという主張を行うが、この管轄権の問題に絞った判決が出され、1審でも、最高裁でもランディが勝訴することになります。

(注2)「管轄権」は最も一般的には、国家が人、財産又は事象に対して行使する権限を意味する。 管轄権はさらにその作用により、3つに分けられる。 立法管轄権は、国際法による制限(制限自体も立法管轄権により承認されたものである)を除き、いかなる国内法令を立法するかは国内管轄事項として、国家裁量に委ねられている。


この映画に描かれていたアメリカ合州国の法廷。
まず初級審で被告すなわちオーストリア国家(!)弁護士の「アメリカの税金で私人とオーストリア国家の裁判を行うというのですか」という台詞がある。

それに対してまず初級審裁判官は、オーストリアの裁判では巨額の保証金が必要という原告の事情を吟味したうえで「どうやら原告はこの地でなければ裁判は起こせないようですね」と裁判する権利を認める。なんと人情味のある裁判官だ。

そして合州国最高裁では、参加したアメリカ政府代理人が、
「この訴訟を認めると将来、日本フランスその他の国と国際的問題に発展する恐れがある」
と意見を述べる。
それを受けて最高裁判事が一言「アルトマンさんどうやらこの国の外交政策はあなた一人の肩にかかっているようです」なんて、ユーモアたっぷりと政府を非難し、結局政府に慮らず裁判権を認める。(こんな最高裁を持ちたいな)

さしずめ日本ならこのような大きな裁判では「あなたには裁判権がない」と裁判所からけんもほろろに門前払い、一蹴されるところだ。

裁判をする権利てなんだろ。
訴える原告が正義の執行を求めて裁判を起こす。ところが日本の裁判所では、その結論を出す際に原告(個人)の正義執行と執行した場合の社会の経費負担の比較をする。そして社会の経費負担が、裁判官(個人)の責務能力以上に過剰に大きくなるとためらいなく躊躇する。
今回日本の最高裁による「軍用機飛行差し止め訴訟」判決でもしかり、そしてこのところ毎年のように提起される一票の格差訴訟でもそのためらいが典型的に表れる。
(残念なことに「尊属殺人重罰規定違憲訴訟」のような判決によって権力側の経費負担が少ないものにしか最高裁憲法裁判所として機能していない)

政府が来年実施するタワーマンションの各階固定資産税の見直し、に習って裁判所にも上級にゆくほど責務を重くし、曲がりなりにも正当な判決を下すよう、とくに最高裁には将来その「判決」を覆すようなことになった時には、その判例となった原判決時の裁判官の名前を併せて記し「ごめんなさい」とでもするようにするべきだ。つまり間違ったのはこの裁判官ですよと、その栄誉を正しく修正するべきだ。とくにこのタワーマンションの上階にすんでいそうなヒエラルキーの層にはその栄誉を傷つけられることが一番堪えるのではないか。

 

 

REMEMBER3.11

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