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紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は元のBlog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

たえず愉快なカルル氏

アメリカ合州国2015年総人口310,383,948人 投票者数117,951,607人 2016年11月9日21時11分現在の投票者数
(参考 2015年日本総人口126,535,920人 2014年総選挙有権者数103,962,784人 投票者数54,743,097人 投票率52.7%)
 アメリカには戸籍が無いので選挙権資格のある年齢総数がなかなか探せない。したがって正確な投票率は出せない。
 というのも有資格者が投票するためには事前に選挙人名簿への登録が必要であり、投票率は日本なら有資格者の中の投票者で判断するが、アメリカの場合は有資格者の中の投票者なのか選挙人名簿登録者の中の投票者なのかどちらか判断しかねていた。

そんな中「アメリカンセンター」が早わかり大統領選挙というHP

早わかり「米国の選挙」- 大統領選挙|About THE USA|アメリカンセンターJAPAN

で解説をしていた。以下該当箇所

アメリカ大統領選挙実際に票を投じる有権者の割合は選挙によって異なるが、投票率は(大統領選挙ですら)他のほとんどの民主主義国より低い。1960年以降、投票率は全般的に低下し続け、1960年の64パーセントから1996年には50パーセントをかろうじて超えるところまで落ち込んだ。もっとも、前々回2008年および前回2012年の選挙では、60パーセント強まで回復している。米国の投票率が比較的低いのには、いくつか理由がある。一部の民主主義国とは違い、米国の選挙で投票するには、自分で有権者登録をしなければならない。有権者登録のプロセスは州によって若干異なる。また、投票は自由意志で行うもので、一部の国で見られるように、強制ではない、という理由 もある。選挙で選ばれる公職は、米国全体で推定100万以上あり、それらの役職を埋めるのに必要な選挙の数があまりにも多いので、有権者が疲れ、投票率の低さにつながっているという可能性もある。


いずれでカウントするにせよ、近年はそんなに高い投票率ではなかったが、今回はさらに投票率が下がったと考えられる。隠れトランプ派がここぞと投票に行き、他の有権者は事前情勢の甘さもあり投票に出向く足が遠のいた、そんなこんなで驚きの結果だ。しかし、今から思えばトランプが共和党の指導層との軋轢を越えて候補者に選出されたということ自体が、この喜劇(アメリカにとっては悲劇と思う)の幕開けだった。
 アメリカの共和党・民主党には党首がいない。つまり柔らかい組織、各州組織の連合体である。一応トップとなるのは下院院内総務。柔らかい組織ゆえに、粗い網の目を潜り抜け政治経験のない大金持ちが代表の座を射止めてしまったのだ。

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第一、政治的には二大政党の連立が長い間続いてほとんどすべての組織がその二党の系列に配分されてきた。たとえば公共住宅を手に入れるためにも就職の機会を得るためにも、二大政党のどちらかの系列を利用すれば便利である。どちらの系列にも属さない市民にはすべてが困難であった。 要するに民主主義的な制度の枠内で、圧倒的な多数党が、議会の内外の批判組織をつぶし、長く支配し続けることの危険がそこにあらわれている。
第二、経済的にみれば、90年代の失業の増大、外国人労働者の流入、企業の私有化に伴う労働市場の不安定が極右台頭の背景であろう。
第三、個人のカリスマ、弁舌に巧みで大衆の意を迎えるのに機敏な指導者が自由党を成功へ導くのに役立った。

2000年3月の加藤周一「殷鑑遠からず」より一部

トランプは、エスタブリッシュメントによって培われたアメリカの誇りを無視した政策を掲げている。方や日本では安倍首相が70年継続された憲法を無視し、意のままに政治が行える状況だ。「はやく質問しろよ」「スターになればなんでもできる」既定の「知」というものに反発する両者共通する土壌があるのではないか。

2000年3月の加藤周一「殷鑑遠からず」は次のように続く。

たしかにいくらかの(戦争)責任者の排除はあった。しかし無数の「カルル氏」(注1)は生きのびて今日に至った。ハイダー氏のナチ賛美の「失言」の反復が選挙でほとんど27%の票を獲得するために障害とならなかったことはおどろくにあたらない。  もちろんオーストリアは「ヨーロッパ」の小国であり、日本は極東に孤立した大国である。そのちがいは大きい。しかしその遠い国と我が国の間には、必ずしも「愉快」ではない共通の経験と状況がありそうに思われる。豊かな社会の自己満足のなかで過去を忘れ去ることはできない。
注1 「カルル氏」はウィーンの政治的キャバレーで活躍したクバルティンガーの風刺一人芝居の主人公でドイツオーストリア合併(1938年)でナチが来ればナチを歓迎し、大戦後四国(ソ連・英・米・仏)占領軍が来ればそこでも上手に立ち回り、たえず「愉快に」暮す。かれは土地の方言を話し、学校のようなドイツ語は話さない。ブルク劇場に足を踏み入れたことはなく、国立劇場や演奏会場へ行くこともない。ケルントナー通りのカフェーや酒場で飲むことはなく、環状道路の外側の住居の近くの居酒屋へ行き何人もの仲間と立ちながらしゃべり、飲み、食べることもある。

これで案外日本と米国はより深い関係になるのかな。
続もあります 絶えず愉快なカルル氏 続 - 紙つぶて 細く永く

 

 

REMEMBER3.11

不断の努力「民主主義を守れ」

 

 

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