紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は旧Blog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

スポーツ神話

世界で優れた競技者が集い、より速くより高くより強く競技をする、素晴らしいことと思う。
 2020年の東京オリンピックについて選手の立場あるいはその周囲からは同じやるなら(彼らが考える)最善の会場でやりたい、とか世界の人を東京に招待するのだからよい会場で行いたい、という意見があるようだ。また東京オリンピックパラリンピック競技大会組織委員会を中心に今までJOC等にかかわった人からも「遺産」として将来に残せる施設をという意見が強い。
 一方東京都を中心にお金を負担する側からはコンパクトな大会をという市民から付託された使命がある。そのせめぎあいで大混乱となっている。決着をつけて会場建設は2020年に間に合うのだろうか?
 会場ではなくメディアで見る立場からはどのような形でもいいうまくやってくれとしかいいようがない。

多くの国民にとって東京都の混乱は対岸の火事である。国税負担がないのならば。
ところが招致運動から招致決定、そして施設見積作成とオリンピック経費はうなぎのぼりで増えた。
当時の招致委員会による詐欺的な見積( 一般的に言えば - 紙つぶて 細く永く )が発端となってその後は東京都で賄えない費用となっているようだ。その点について市民の声は厳しい。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

この調子で行くと国税負担も相当な額にのぼり、遂に対岸の火事ではなくなりそうだ。

ところで1964年に行われた東京オリンピックを振り返ってみると、その当時の「遺産」て何だろうか。国立競技場か、代々木屋内プールか、代々木体育館だろうか?
国立競技場は解体された、代々木屋内プールと代々木体育館は以下のHP施設利用(注1)を見てみると最近ではあまり活躍していないようだ。
注1) 国立代々木競技場の歴史 | 施設案内 | JAPAN SPORT COUNCIL

つまりかっての東京オリンピックの遺産(関係者がいう「レガシー」)に見るように建物なんて50年くらいで間尺に合わないなくなるものなんだ。
オリンピックに遺産があるとすれば、彼らがいうようにけして施設なのではない。それは人々の頭の中にこそあるのではないか。
 1964年東京オリンピックの思い出は建物なんかでなく、ニチボウ貝塚、やボブヘイズ・ドンショランダー・アベベ・三宅義信・ベラチャスラフスカ・アントンヘーシンク・遠藤幸雄、そして何より円谷幸吉ではないか、記憶に残る活躍をした人々が施設よりも長くレガシーとなるのではないかと思うよ、何よりも施設の充実を望むよりひとびとの記憶にのこる活躍をするべきなのだ、水泳協会理事の北島君。

役員等|東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会


考えると過去のオリンピックでまず思い出すのは反人種差別としての下記一場面だ。政治性はともかく広い意味での人間賛歌につながるオリンピックに栄光あれ。

http://dnaimg.com/2012/06/02/most-powerful-photographs-ever-taken-fzg/007.jpg

画像はDNAサイトより このサイトについて - DNA


スポーツは身体に悪い、という名言がある。日本でいう相撲取りや、世界でならオリンピアンなどは短命といわれる。その事の真実は別にしても、スポーツ競技のために体重を増やすための過剰な食事や、筋肉増強のための薬剤を過剰にとることはよくないだろう。スポーツは万能ではない。見るスポーツもいい身体を酷使するよりはたしなむ程度がよかろう。

 

 

REMEMBER3.11

不断の努力「民主主義を守れ」