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紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は元のBlog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

スポーツに絡んだ情

高校3年生だった17歳で10秒01をマークしてから3年が過ぎた。自己ベストは10秒01と同じでも、中身は変化した。「4年前は五輪に出られるなんて考えられなかった。次は東京五輪。4年間で、人はどんだけでも変われると思う。変わっていきたい」

 日本人初の9秒台を期待され続けたが、日本選手権で負け、五輪でも結果を残せずに立ち位置は変わった。「もう、僕は追われる立場じゃなくなりました。追う立場です」。悲しみを乗り越え、人は強くなる。
新聞記事より
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情で結論付けようとするから、情けないことになる。
スポーツは結果がすべてであり、どれだけ努力や練習を積んでいたとしても負けは負けである。負けという事実に準ずる努力があるとしてもそれは勝者を上回らない。そのことはいわばスポーツでのマナーだ。
 このことは日米両野球システムでのイチローにも通じることになる。所属するのがアメリカの野球機構MLBであるからMLBにおける通算安打を称賛する、日本の野球機構NPB所属ならNPBにおける通算安打を記録とする。その意味で、ピートローズのようなコメント「いまに高校野球からの安打数をカウントするよ」が出ることは必然だ。
他の(日米通算)記録で騒ぎすぎだ。否定はしないが正式記録ではなくいわば参考記録

偽善というフィルターをかけたジャーナリズムは、むろん視点を曇らせる。
 高校野球報道の中では、甲子園を目指す高校野球生はすっかり私生活の決然とした好青年ばかりになってしまったが、事実はことなるであろう。一般的な高校生と変わりない。
そして今ではオリンピック選手もしっかりと最善の努力、最善の調整をした選手ばかりになってしまった。なんだ、では欠けているのは才能だけだということになり、より情けないことになる。

 

REMEMBER3.11

不断の努力「民主主義を守れ」