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紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は元のBlog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

被爆国としての幻想化

やはり記事は多く書かれた。それは例によって懇切丁寧といっていいほどだった。そのいわば分単位での記事で下記大統領の言葉が気になった。

私の国の物語はシンプルな言葉から始まりました。「すべての人は等しくつくられ、生命、自由、幸福追求を含む、奪われることのない権利を創造者から授けられた」。そうした理想を実現するのは、たとえ私たちの国内であっても、国民同士であっても、決して簡単なことではありませんでした。しかし、その物語へ忠実であり続けることは、努力に値することです。大陸を越え、海を越えて追い求められるべき理想なのです。すべての人の減らすことのできない価値。すべての命は尊いという主張。私たちはたった一つの人類の一員なのだという根本的で欠かせない考え。

オバマ氏といえども踏み込んで負の面を述べることができなかった。
「一般社会から隔絶されたかたちで、誰にも相談せずに、ことによれば全人類を破滅させかねない未曾有の兵器を開発、製造する。そのことが当事者にどんなに孤独で重圧のかかる仕事だったか」加藤典洋「戦後入門」より
そして、開発計画を進めたルーズベルト第二次世界大戦終結前に急死し後を継いだトルーマンが大統領としてその投下指示を出したのです。

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また以下の記事も心に響いた。
インタビュー:神戸市外国語大学・山本昭宏准教授
「70年代に、『平和』という美名のもとに国民がうまく取り込まれてしまった。そこで大きな役割を果たしたのは佐藤栄作です。佐藤は首相として初めて、広島の平和記念式典に出席しました。実際には沖縄への核持ち込みを認めておきながら、非核三原則を表明して、ノーベル平和賞まで取った。『平和国家・日本』という美しい物語を国民に提示してみせたわけです。国民の側もそれを望んだ。高度経済成長を経てみんなが豊かになり、保守化して、自民党政権と『平和国家・日本』という物語を受け入れた。原爆をめぐる問題は『平和』に覆い隠され、被爆者個人の怒りは表に出てこなくなってしまった。それが今回の歓迎ムード一色にもつながっています。常に核を意識し、それを批判しつづけるという緊張関係が重要なのに、『平和』の美名のもとで核を徹底的に否定するあまり、核兵器が想像力の範囲外に置かれてしまったのだと思います」

そして脳裏にフクシマの影がのぞく

 

 

REMEMBER3.11

不断の努力「民主主義を守れ」