紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は旧Blog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

核なき世界へ

唯一の被爆国は日本であるが、同時に歴史上唯一の「加爆(原爆投下)国」は米国である。

原爆投下後の8月6日にかねて用意された大統領声明下記が発表された。
「16時間前、米国航空機一機が日本陸軍の重要基地である広島に爆弾一発を投下した。その爆弾は、TNT火薬二万トン以上の威力をもつものであった。それは、戦争史上これまでに使用された爆弾のなかでももっとも大型である」
この兵器が原子力エネルギーという画期的な威力の解放と獲得であることが強調される一方、それが無辜の市民を無差別に殺戮するものだという側面は、注意深く隠匿されていた。その懸念と正当化への衝迫度は、8月9日の二度目の声明でさらに強まる。
先の声明が、投下前に用意されたいたものだったのに対し、こちらは投下後に作成された、あるいは新たに手を加えただろう声明である。
「世界の人びとは、最初の原爆が軍事基地広島に投下されたことに注目するでしょう。それは、この最初の攻撃において、可能な限り民間人の殺戮を避けたいと思ったからであります。しかし、その攻撃は、この後におこる事態を警告するものにすぎません。もし日本が降伏しなければ、(略)不幸なことながら、何千もの民間人の声明が失われることになるでしょう。私は、日本の民間人に、ただちに工業都市から脱出し、破壊から身を守るよう強く勧めます
トルーマンはこのとき兵器の威力についても知らされていた。また、この声明(上記緑字部分)はあたかも事前警告であるかのように語られていながら、じつは長崎への投下発表をかねたものであった。この声明はワシントン時間8月9日午後10時に放送されている。その約25時間前に、2発目の原子爆弾が長崎に投下されていた。
しかし投下が彼らに教えたものは道義的な「空白」自己行為の正当化の必要だけではなかった。原爆投下と、それに続く戦争の勝利のあと、やってきたのは言葉にならない動揺と、虚脱、そして深い懐疑だった。(以上 加藤典洋「戦後入門」より

それがゆえに原爆の投下が、その決定者たちにどんな「聖痕」を残したかは上記「戦後入門」をお読みください。

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また次の記事(塩野七生とは「ローマ人の物語」以外興味はなかったが)も大変良かった。朝日新聞塩野七生インタビュー」 
でも実際はどうなるやら。

 「オバマ大統領の広島訪問を伝える日の1面には、カメラマンたちが写してきた多数の写真の中から、1枚だけを選んで載せる。『無言で立ち尽くす米国大統領オバマ』、だけにします」

 「頭を下げる姿の大統領は(もし、そうしたとしても)絶対に載せない。なぜなら、自分の国の大統領のこの振る舞いに釈然としないアメリカ人もいるに違いないので。その人たちに『日本だって真珠湾を攻撃したではないか』などと文句をつける言質を与えないためです」

 「その日だけは、記事は大統領の行程を記すだけにとどめて、余計な記事はいっさい排除する。もちろん、社説に至ってはお休みにしていただく。その他のページに載せる写真の説明も、極力抑えた簡単なものにする」

 ――でも、日本がオバマ大統領の広島訪問をどう受け止めたか、きちんと言葉にして米国にはもちろん、世界に発することが大事だと、私は考えます。

 「新聞記者とて、ときには多言よりも無言のほうが多くを語る、という人間世界の真実を思い起こしてほしいんですね」

 ――それで伝わりますか。

 「伝わる人には伝わります」

紙面を乞うご期待か

 

 

REMEMBER3.11

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