紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は旧Blog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

扇動

通勤途中で、スピーカーをもち訴える政治を業とするだろうと思える人たちに出会う。
静かに語るように訴える人、また音量を上げ静脈も破れんばかりに叫ぶ人もいる。
やはり訴える力が強いのは語りかける口調だと感じる。
しかし訴えるのは、地元のためにこのようなことをやりました、わが党は国会ではこのようなことを企んでいます。主に経済の情勢を交え昨日までの活動報告をする。
駅頭演説というその形態は数十年変わらない。しかし聞くともなく聞こえてくるその演説内容はまさに報告であり、一方的な成果の報告がだらだらと続く。

過日少し異なる演説を聞いた。「中国は日本の国土を侵略しようとしているのです」「韓国は日本国土を侵略しているのです」という扇動演説であった。
何を為としていっているのかは不明であるが、それも選挙で票を稼ぐことにつながるのであろうか。
多分(可能性は少ないが)本人の主張がその後実現し全面的に危機に陥ったときに彼はどのような政治を実現するのであろうか。
戦は「戦のプロ」に任せ本人は後ろで変わらずに、敵国の侵略を阻止せよと叫んでいるのだろうか。

今日の新聞記事によると「守ろう9条を」という広告をまとった土佐電鉄平和憲法号が広告掲載を停止するとの記事がでていた。
土佐電鉄の内規で規制されている「意見広告」ではないかという苦情がよせられたようだ。
憲法はその99条で「天皇又は摂政及び国務大臣国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という規定がされている国の基幹法規である。
これを守ろうという広告がたとえ意見広告(注1)という定義になったとしても広告掲載の有無を争われる問題にはなりえない。
いわば、選挙ごとに「正しい選挙」啓発運動が各地の選挙管理委員会により行われたとしてもだれも異をとなえないように、同じくアプリオリ・無害な意見広告である。(これが「現在の占領軍押しつけ憲法を変えよう」というような意見広告のなら逆に争われるべき広告となるのかもしれない。ドイツでの反ナチス法のように)
注1 意見広告(いけんこうこく)とは、個人や団体、企業などが政治問題や社会問題、法律や税制などについて、自らの意見や主張を表明する目的で作成した広告である

正しく広告料を支払って掲載を求める権利は保障されるべきであるから、土佐電鉄はこの広告を掲載しなければならない。それが公共交通機関として恩恵を受けながら営業を続けている組織の義務である。

 

 

REMEMBER3.11

不断の努力「民主主義を守れ」