紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は元のBlog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

彼自身は長く門外に佇立むべき運命をもって生まれてきたものらしかった。 それは是非もなかった。けれども、どうせ通れない門なら、わざわざ其所まで辿り付くのが矛盾であった。
彼は後ろを顧みた。そうして到底また元の路を引き返す勇気を有たなかった。
彼は前を眺めた。
前には堅固な扉が何時までも展望を遮っていた。
彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。
要するに、かれは門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。

(故合って、不義理を犯した)宗助と御米とは仲の好い夫婦に違いなかった。
言逆に顔を赤らめ合った試しはなかった。
二人は呉服屋の反物を買って着た。米屋から米を取って食った。
けれどもその他には一般の社会に待つところの極めて少ない人間であった。
かれらは社会の存在を殆ど認めていなかった。
彼らにとって絶対に必要なものは御互いだけで、その御互いだけが、彼らにはまた充分であった。
彼らは山の中にいる心を抱いて、都会に住んでいた。

彼らは複雑な社会の煩を避け得たと共に、その社会の活動から出る様々の経験に直接触れる機会を、自分と塞いでしまって、都会に住みながら、都会に住む文明人の特権を棄てたような結果に到着した。

社会の方で彼らを二人ぎりに切り詰めて、その二人に冷かな背を向けた結果に外ならなかった。
外に向かって生長する余地を見出し得なかった二人は、
内に向かって深く延び始めたのである。
彼らの生活は広さを失うと同時に、深さを増して来た。
彼らは六年の間、世間に散漫な交渉を求めなかった代りに、同じ六年の歳月を挙げて、互いの胸を掘り出した。
二人は世間から見れば依然として二人であった。けれども互いからいえば、
道義上切り離す事の出来ない一つの有機体になった

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「門」-夏目漱石-

 

 

REMEMBER3.11

不断の努力「民主主義を守れ」