紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は元のBlog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

五山保存会

小生の父親、終の棲家は京都銀閣寺からほど近いところでした。
また、その墓は如意ケ岳「大の字」がよく見える山麓にあります。
第三高等学校逍遥の歌でおなじみの「月こそかかれ吉田山」です。
小さき頃8月16日は夜8時前になると、そそくさと「鱧」を頬張る父親を置いて

近くの送り火が良く見える場所まで行きました。

家の前では山に近すぎて送り火は火床前の立ち木に遮られ、夜空に映る炎の先くらいしか見えなかった。

この送り火は保存会のメンバーにより支えられている。
メンバーは浄土院の檀家だそうで、半径20mくらいの地域住民である。下図

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この地図上で数えても可能なくらいの軒数で維持されている。
地図にもあるが有名な銀閣寺=鹿苑寺脇にある浄土院が送り火のお寺である。
ちなみに浄土院は古くは浄土寺といい、銀閣寺より古く足利義政による東山殿、今の銀閣寺造営のときに
大部分は移転し残った草庵が改宗されて浄土院となったそうです。
アメリカ大陸にピューリタン=ピルグリムファーザーが到着したのが1720年
東山殿造営が1482年!!京都には古い歴史がある。
参照 http://tuusyou.web.infoseek.co.jp/t106.html

火床の管理、登山路の整備、蒔きの調達、運び上げ(麓から山頂まで運び上げ用のケーブルが張ってあった)
これらを近年では京都市からの補助があるとはいえ、メンバーによりほぼ1年かかって準備しているそうだ。
大文字焼き」という文言が流布されてもいるが、
奈良若草山等で行われる除草を目的に山肌に火を放つことを「山焼き」というのであり、
送り火」はあくまでも、精霊を送るという送り火です。
(また「大文字焼き」という鯛焼きがあったような気がするが、記憶が定かでない)
五山(大文字・妙法・船形・左大文字・鳥居)それぞれに地元の保存会があり同じく維持をしている。
8月16日大文字が8時点灯、その後順次妙法・船形・左大文字・鳥居と時間を追って点灯される。
その五山送り火を見ようと観光バスが我が家近辺道路に集合し、
点灯後はそぞろに点灯を追って外周道路を巡回する。
市内高層ビルやホテルにも大勢の観光客・見物人が団扇片手に歓声を上げる。
このときは各飲食店も書き入れ時である。そして、鑑賞はもちろん無料である。

保存会にも遣る瀬無い気持ちはあると思う。
しかしことを決めるのに少人数の中で決定してしまった(のだと思う)。
広く識者や京都市の意見を仰ぐべきであった。
培われた伝統に照らしても、2011年のお盆は「大文字送り火」のいわれ、
-「平安時代初期に、弘法大師空海)が始めたという。
かつて大文字山麓にあった浄土寺が大火に見舞われた際に、本尊・阿弥陀佛が山上に飛翔して光明を放った。
この光明を真似て実施した火を用いる儀式を、弘法大師が大の字形に改めた」-
に恥じない送り火を実施してほしかった。

今日の最後は瀬戸内寂聴さんに代弁してもらいましょう。
「京都の恥です。送り火は亡くなった人の魂を慰めるもの。
今回は東日本大震災という大惨事で亡くなった人の魂に対してです。恥ずかしいです。悔しいです。最初の計画が中止になった経緯を明らかにするべきです」
覆水盆に返らず。

 

REMEMBER3.11

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