紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は旧Blog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

TCHAIKOVSKY

まず最初に好きになったクラシックはチャイコフスキー「ピアノ協奏曲第一番」だった。

そんな因縁から、先日の題名のない音楽会チャイコフスキー「SERENADE」が演奏され注目した。

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(以下は「http://www.yung.jp/yungdb/op_3.php?id=734」からの聞き書きです)

チャイコフスキーは第4番の交響曲を発表してから次に第5番を生み出すまでに10年の歳月を要しています。
そして、この10年の間に弦楽セレナードなどに代表される多楽章からなる管弦楽曲のすべてが作曲されています。

・弦楽セレナード:作曲1880年

何故そんなことになったのかはいろいろと言われています。まずは、不幸な結婚による精神的なダメージ説。
さらには、第4番の交響曲や歌劇「エウゲニ・オネーギン」(1878年)、さらにはヴァイオリン協奏曲(1878年)
などの中期の傑作を生み出してしまって空っぽになったというスランプ説などです。
おそらくは、己のもてるものをすべて出し切ってしまって、次のステップにうつるためにはそれだけの充電期間が
必要だったのでしょう。打ち出の小槌ではないのですから、振れば次々に右肩上がりで傑作が生み出されるわけではないのです。
ところが、その充電期間をのんびりと過ごすことができないのがチャイコフスキーという人なのです。

頭は使わなければ錆びつきますから、次のステップにそなえてのトレーニングとして標題音楽としての
管弦楽には取り組んでいました。それでも、このトレーニングは結構厳しかったようで、第2組曲に取り組んでいるときに
弟のモデストへこんな手紙を送っています。
「霊感が湧いてこない。毎日のように何か書いてみてはいるのだが、その後から失望しているといった有様。
創作の泉が涸れたのではないかと、その心配の方が深刻だ。」
1880年に弦楽セレナードを完成させたときは、パトロンであるメック夫人に「内面的衝動によって作曲され、
真の芸術的価値を失わないものと感じている」と自負できたことを思えば、このスランプは深刻なものだったようです。

<弦楽セレナード ハ長調 Op.48>
チャイコフスキーはいわゆるロシア民族楽派から「西洋かぶれ」という批判を受け続けるのですが、
その様な西洋的側面が最も色濃く出ているのがこの作品です。チャイコフスキーの数ある作品の中で
このセレナードほど古典的均衡による形式的な美しさにあふれたものはありません。ですから、
バルビローリに代表されるような、弦楽器をトロトロに歌わせるのは嫌いではないのですが、
ちょっと違うかな?という気もします。
チャイコフスキー自身もこの作品のことをモーツァルトへの尊敬の念から生み出されたものであり、
手本としたモーツァルトに近づけていれば幸いであると述べています。ですから、
この作品を貫いているのはモーツァルトの作品に共通するある種の単純さと分かりやすさです。
決して、情緒にもたれた重たい演奏になってはいけません。

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題名のない音楽会の指揮 : 宮本文昭 演奏 : オーケストラMAP'S

も良かったが、以下はベネズエラの若者による「SERENADE」。少人数で圧倒的な迫力が出せないのであればこのような大編成で奏でるのも一興だと思う。ただし一糸乱れぬ協調がより望まれるが。