紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は元のBlog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

日本復興

女房が言っています。『安全だってあなたたち言ってたけど、うそじゃない』
私自身、『何重にも安全策をとっている』という専門家の話を信じてきたところがあります。
科学者たちがあまりに専門分化して一人一人がまるで針のようになっている。
特に原子力の専門家たちが顕著です。分野の違う科学技術者との間にも壁を設けて
強固な『原子力村』をつくっている。タコツボ化しているようにう見えます。
(人間は、科学技術は、将来の原子力事故を防げるのでしょうか)
今後も絶対に防げるとは言えないですね。ただ、参考になるのが1986年に起きた
アメリカのスペースシャトル『チャレンジャー』の爆発事故です。
7人が亡くなりシャトル計画は中断しました。
NASAは徹底的に原因を解明した。問題点を具体化し、これ以上危険な部分は見えない
というところまで追い込み、解決策をまとめ、その上で再開した。
福島原発の事故でも)関係者の刑事責任を問わない、という免責制度を導入してもいい。
過去にさかのぼって、いつ、どこで、どういう判断が行われたのか。何がいけなかったのか。
事故処理だけでなく設計段階から明らかにしてこそ、将来につなぐことができます。
今年の夏を考えたら、あるいは新興国や途上国が伸びてゆくことを考えたら日本のエネルギー
をどうするか、具体的な「解」が必要です。
太陽電池を大量に用意し家やビルの屋上に乗せていく。
そうやって集中発電所プラス分散発電所の会社になる。
この国はゼロからの議論、大人がする議論、具体的な根拠に基ずく議論がなさすぎる。
原子力の専門家だけでなく一般の科学技術の専門家を入れることこれが日本にとって
一番プラスなる。
-小宮山 宏-

教養:その時代そのときの人類社会全体が、時代を超えて受け渡していく、
知の総体がどうなっているのか、どういうふうに自分たちの世界が構成されていて、
どういうふうに世界は動いていくのか、その全体像の把握が教養です。

-シェ・タチバナ-

いわゆる原子力工学の専門家は技術屋であってしかも教養なんてものとは無縁の個人が多く、結局世を救えなかった。