紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は元のBlog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

東日本大震災

東京大学大学院の学者は、立ち居地を変えた。
今回の福島第一原発について保安院が発表した、
国際原子力事象評価尺度で「レベル5」に相当というコメントに何の反省も無く、
以前の自身のコメント「チェルノブイリスリーマイル島とはレベルが違う」
に言及することなく「うん、そうですね。今回の事態は・・・」
と立ち居地を変えた理由も説明せずにさらっと述べた。
このような教育者に教えをうける学生がいるのかと思うと、
UT東京大学も質がおちたと思う。

民間テレビ6チャンネルのアナウンサー(キャスターと呼んでいるらしいが)
は「水投下前と水投下後で50マイクロシーベルトも下がったことで・・・」
と効果があった旨のアナウンスしていた。
絶対値比較が出来ないような取材を教育されているのだろうか?
(古館さんの名誉のため、上記は「Y」という頭文字のアナウンサーです)

注:(NHKでは:投下前の午前9時40分に1時間当たり3782マイクロシーベルト
投下が終了したあとの午前10時20分でも1時間当たり3754マイクロシーベルト
朝日新聞では:放水が終わり、午後1時30分には毎時4.2ミリシーベルトあったが、
午後2時には4ミリシーベルトを下回った)

20Km圏内に病院等で動けずに残っている人々がいる中で、30Kmの(遥かかなた)
から高感度カメラで福島原発を撮影するNHKの感覚は何なのだろう?
「記者の健康に配慮して」というのだろうが、本音は非難を恐れているだけだ。
あなたたちは「カナリヤ」でないのか?

職業野球、すなわち野球を生きてゆくための生業とする人たちの活動には、
「このような状況のなかで公式戦開幕はするべきでない」
と述べる一方で
アマチュアでプロより稚拙な技術で「根性」野球の
高校野球の選抜大会が開催を決めたのとは事情が違う」
とする理由を聞きたい。西村記者
そういえば朝日新聞はいつから、毎日新聞が主催する高校野球「選抜」大会の後援になったのだろう。
(ちなみに私はプロ野球も延期するほうがよいと思う。被災地を応援する活躍の場はまだ後にくる)

今日の「天声人語」から
「失意の胸へは
だれも踏み入ってはならない
自身が悩み苦しんだという
よほどの特権を持たずしては-」(エミリー・ディキンソン)
NHKのアナウンサーも声を詰まらせては、必死に立ち直ってニュースを読み続ける。

阪神大震災の時の先輩アナウンサーの例もある。このようなときに何の感情も無く
原稿を読み続けるほうが不自然であろう。

東京での通勤列車間引き運転のときに大勢の人々が長蛇の列をつくり平然と並んだ。
「平然」ということが、すごいことだと思う。
その中に、「余りの長時間で、タクシーで帰ります」という人のこちらも長蛇の列があった。
何か違う。
列車をまつ長蛇の列後尾に並び直し、時間をお金で買う浅ましい行為よりも、もっと崇高なことをやろうよ。

こんな時、自分たちになにができるのかという声をよく聞きます。
それも、大事だけど、被災した人の悲しみや苦しみを僕たちはどれくらい想像できるのか。
そのことがとても大事だと思うのです。(山田洋次
一方で、
震災から1週間、まず最初に通常芸能番組を放送したのはフジテレビと日本テレビ系列だ
垂れ流しの番組から被災地を想像できるのだろうか?この事実を覚えておこう。
昨日職場近くの街頭で、民医連の人々が街頭募金活動をしていた。
もし、中に医者が入っているのなら、それは違うといいたい。
医者は街頭で募金活動をするよりも震災地へ応援にゆけ。
タンクローリーの運転が出来る人はタンクローリーの運転をするために震災地へゆく。
それぞれの技術を生かせる人々は駆けつけるべきだ。