紙つぶて 細く永く

2014年6月以前の記事は旧Blog(OCN)からinportしたものそのままです。鋭意改善中です。<(_ _)>

加藤周一

美学革命 掌のなかの宇宙 加藤周一

紹鷗の門弟の一人であった千利休は茶室をさらに小さく(二畳)し、入口の縁を廃して「露地」を強調し、角柱の代わりに自然の表面を残した丸柱を用い、白い壁に代えて荒壁とした。茶碗は利休自ら長次郎に作らせた楽焼である。それは一方の極端から正反対の極…

官吏の習性

今回の「森友学園」でも感じたが、公務員が扱う金銭感覚は一種不可思議なものだなあとつくづく感じる。 何事も一種の契約に基づいてことは始まり、「発注」行為が、あり「納品」行為を受け、「検品」を行い、「請求」を受ける。それがたとえ同じ相手から同じ…

先人の知恵にも松竹梅

「学者というものは、普通の人より頭もよくしっかりとものを考えているのだから、間違うはずはない、と思いがちだが、学者の態度は、対象から身を引き離して、それを観察し形式論を立てるに過ぎない」 という論がある。ここで「学者が間違うはずはない」=完…

ボブ ダイラン

ダイランと読むのだぞ、という説も聞いていたが、ディランが正しいみたいだ。 ついにノーベル賞に輝いた。当時風に吹かれてを一生懸命訳した、登場した初期から伝説的だった。しばらくして日本武道館での公演が大変話題になり、またそのレコードを聴いてエレ…

憂われるジャ-ナリズム by加藤周一

ちかごろジャ-ナリズムについて憂いを持った意見が多い。手元にある加藤周一の著作を紐解くと・・*「日本の新聞」第一、発行部数が途方もなく大きい。いわゆる三大紙のそれぞれが何百万である。発行部数からいえば、これはイギリスの大衆新聞の型に属し、…

そして未来 7

取材をしながら、マスメディアへの不信を肌に刺さるくらいに感じたのは、福島原発事故後のデモが初めてだった。「おまえたちが隠しても無駄だ。ネットに本当のことが書いてある」。複数のデモ参加者にそう言われた。政府と東京電力とマスメディアがぐるにな…

そして未来5

加藤周一「国の犯罪」という一文から。*ドイツ占領下にあったフランスでは北部はドイツ軍が直接に統治し、南部ではヴィシーのフランス政府が占領軍に協力していた。その協力は強制されたものでやむを得なかった、というのが、今までフランスで広く信じられ…

狂言500年と憲法50年 1997年

加藤周一(夕陽妄語Ⅳ「狂言と憲法」から)私はまた憲法にも興味をもつ。そもそも私が茂山千之丞さんと狂言の話をする機会を得たのは、憲法記念日の集まりに招かれたからであり、憲法に触れなくては義理がわるい。とにかく五百年ほどまえに成りたった芝居と、…

教養その2

過日バスに乗っていると途中から観光客らしき二人ずれが運転手と話をしていた、すぐ横に座っていたので様子を聞いていた。観光客「一日乗車券ありますか?」運転手「売り切れです」(きっぱりと)観光客二人「・・・」運転手 無言観光客財布の中を探り、それ…

見識について教えられること

仕事を引き継ぐことになった。1年以上長く取り組んだ仕事も多い。対象が限られたエリアで長く深く話をした人も多い。全くの一から作った人間関係をこの短期間に引き継ぐという弊害ももちろんあるのだが・・引き継ぐ職員は兼務という。ご他聞にもれずこの組…

そして加藤周一

いったん、今日という日には何かを記さなければと考えたが、そんなものに付き合わされてもいやだなという感覚もあり、そして以下加藤周一です。*信念または偏見、または価値について私は狂信主義を好まない。また特定の価値を信じて勇気ある人間を尊敬しな…

続いて加藤周一

「帰郷の弁Ⅰ」米国がいくさをしている。そのいくさがどこまで拡大するかわからない。しかもその米国の軍事基地が日本にある。という状況のもとで、いくさの拡大にはっきり反対もせず、軍事基地の存在にも反対しない日本の政府は、さすがに悟りの境地に達して…

本日の加藤周一

1930年代のはじめから加えられた激しい弾圧は、左翼の知識人の「転向」を生みだした。30年代の後半から戦時中にかけては、広汎な知識人の側から権力との妥協がおこった。妥協は半ば外から強制され、自覚的に行われたが、半ばは内側から、無自覚に行わ…

わたしはこれで仕事をやめました

現代の先進国社会に共通の、著しい傾向の一つは、非人格的組織(公的および私的な)を通じて個人の社会への「組み込み」がすすんできたということである。非人格的な組織というのは、その成員が、人格の全体をそこに投じるのではなく、明らかに限定されその…

教養

Wikipediaでは教養をこう定義する。「一般に、独立した人間が持っているべきと考えられる一定レベルの様々な分野にわたる知識や常識と、古典文学や芸術など質の高い文化に対する幅広い造詣が、品位や人格および、物事に対する理解力や創造力に結びついている…

夕陽妾語 一九八八年の想い出

「一九八八年の想い出」 加藤周一「夕陽妾語」より*一九八八年の暮れ、消えない想出が三つ私の心のなかに生きている。その一つは、「ペレストロイカ」のモスクワである。そのことにはすでに触れた。 もう一つは、野坂昭如原作(一九六七)、高畑勲監督のア…

「文学とはなにか」加藤周一

「文学とはなにか」加藤周一(覚え)*科学は具体的な経験の一面を抽象し、抽象化された経験は、他の同類の経験と関係づけられて分類される。このように抽象化され、分類された経験は、原則として、一定の条件のもとでくり返されるはずのものである。したが…

知識による正義と表現による正義

昨夜の阿部は久しぶりに4番らしい仕事をしたとある。今季は81試合で打率2割4分7厘、10本塁打、33打点。並以下の成績である。しかし選手間の評価は高い、前回のWBCでも阿部のサムライジャパンといわれた。後半の活躍を期待しよう。そして甲子園の季…

加藤周一「戦争と平和 上」 より 

OCNブログ人終了に伴って移動してきました/元ブログhttp://greengrass.blog.ocn.ne.jp/ *「内乱と呼ばない米側の虚構」ベトナム戦争の源は、1954年ジュネーブ協定成立の後、米国がサイゴンにディエム政権をつくって、軍事顧問団を送ったときにさかのぼ…

5月3日

(再度加藤周一から「まえがき」)たとえば、「九条は非現実的である」、あるいは「今日の現実に適合しなくなった」という議論があります。しかしそれだけではあまりに漠然としていて賛成も反対もできません。そういう場合に一言の下にそういう言説を退ける…

それでもお前は日本人か

4月29日みどりの日(旧天皇誕生日)新宿の街は防弾チョッキをまとった警官で溢れていた。「在特会」系の集会が催されその警備に機動隊が動員されていた。*(以下加藤周一「それでもお前は日本人か」より)昔1930年代の末から45年まで、日本国では人を罵るの…

カテゴリーの発想2

「電気はみんなが使っているのにどうして(東京電力に勤める)お父さんだけが」悪くいわれるのか、と小学生が訴えていた。もし君が友だちと花火をするとして、君が「後の火の始末」の係りになったとする。花火はみんなが楽しむものだ。君はちゃんと火が消え…

戦後史の中の丸山真男2

丸山に典型的とされるいわゆる「近代合理主義」は、戦後五十年の初期には「左」から、後期には「右」から批判されてきた。(参照 http://nagaikazu.la.coocan.jp/works/shohyo21.html)一般的にいえば、批判者に共通な傾向は、一方では「近代合理主義」を「…

戦後史の中の丸山真男1

簡単にいえば(略)、徳川時代の儒学の発展に内在する可能性を荻生徂徠に、明治初期の思想が含む可能性を福沢諭吉に見て、その可能性=「近代的」主体の成立の可能性との対比において、儒者のイデオロギー集団(闇斎学派 下記注)の機能、または明治以降につ…

箴言5

[戦争をした体制の成り立ち]日本の軍国主義とイタリアのファッシズムとドイツのナチズムは初めから権力の奪取のしかたが違います。ドイツの場合、ヒットラーとナチは、1932年にミュンヘン・プッチュ(一揆)をやるわけですが、これは暴力団じゃないです…

<近代の克服> 「転向論にかえて」終章

京都学派においての論軸は「哲学的人間学」であった。人間存在の社会性の次元、民族や国家の次元をそれなりに勘案しようという姿勢から、一面ではマルクス主義の社会科学的な知見を"取込み"つつも、他面では拙速にマルクス主義の"不備"欠落を"批判"する所以…

<近代の克服> 「転向論にかえて」第8章

本題に復帰します。*少し京都学派の歴史・国家哲学の前提的了解を見る。 田辺元「歴史的現実」から。「善い国家は善い個人を通してのみある」「その実例は遠い所に求めなくても我々の生まれたこの日本を考えてみると」「天皇の御位置は単に民族の支配者、種…

<近代の克服> 「転向論にかえて」第7章

京都学派による「世界史の哲学」や「近代の超克」は西田哲学の内在的指向性を展開してみせた正当な一帰結であった。*西田幾多郎は昭和11年「善の研究」新版に寄せて以下の一文を草している。「此書「善の研究」に於て直接経験の世界とか純粋経験(注a)…

<近代の克服> 「転向論にかえて」第6章

昭和初期の常識では戦争というものは謂わば自然法則的な必然であって特定の一国が世界支配を達成するまでは、永久に繰返されるものと思い込まれていた。恒久平和を確立し、全世界の安寧と秩序を確保するためには日本が戦争に勝ち抜き、最終戦に勝ち残ること…

<近代の克服> 「転向論にかえて」第5章

前回は戦時下における「近代の超克」論を位置づけた。今回はその中で「近衛新体制」を担ぎ上げた諸潮流の中で三木清にスポットをあてる。京都学派の「近代の超克」論には三木清の哲学上の営為のインパクトひいては影響が認められる。*当時における「勤労者…